2021年3月11日|「重要なのは“我が事”の想像力」東日本大震災から12年目に想う

2022年3月11日午前6時前、「奇跡の一本松」が残る陸前高田市にのぼる朝日

2022年3月11日。

汗ばむほどの日差しに恵まれ、暖かな1日となった東京では、1年前と変わらずマスク姿の人があふれかえっていた。

少し変わったといえば、街に活気が戻ってきたことだろうか。徐々にではあるが、誰もがコロナ後の生活を構築しようとしている。

午後2時46分。11年前の今日に想いを巡らす。

「また1年、経ったんだな」と、この1年間の歩みを振り返るたいせつな時間でもある。

1年前と同じように、ふとつぶやく、「今日の東北の様子はどうだろう?」。

あれから幾度となく繰り返してきたが、きっと日本中の多くが、同じ想いで現地の人々の健やかな毎日を願っている。

再び、あれから1年。そして、発生から11年。

1年前と同じように実感する、「まだ11年」。

変わりゆく景色と、変わらないこころを持つ人々の幸せを願いながら、今年も首都・東京で産声をあげた東京人として、強く誓う。

今年は3月11日から少し日を置いてつづるが、もちろん気持ちは変わらない。東北地方を中心に日本を襲った東日本大震災発生から11年が経った今年、想いを寄せながら感じること。

最大震度7を記録した戦後最悪の自然災害から11年

2022年3月11日午前6時30分過ぎ、宮城県仙台市若林区にある慰霊碑に刻まれた名前を指さす女性たち

画像出典:毎日新聞

日本国内の観測史上最大となるマグニチュード9.0、最大震度7を記録した東日本大震災が発生したのは、11年前の2011年3月11日のこと。

この地震の影響により、建物の倒壊が相次いだだけでなく、東北地方沿岸部を中心に巨大津波が甚大な被害をもたらした。

死者・行方不明者は2万2207人(2022年3月11日現在)。戦後最悪の自然災害だ。

たいせつな存在を失った多くの人々は、いまもなお、在りし日の記憶とともに毎日暮らしている。


11年後もなお4万人近くが避難生活をおくる現状

2022年3月11日午前6時過ぎ、福島県いわき市の薄磯海岸で朝日を見つめる人たち

画像出典:毎日新聞

あれから変わらず、自分にできることを続けている。この世で生き、社会を構成する一員として、「現地のためになにかせずにはいられない」という強い衝動による自然な結果だ。

そのひとつが、現地、そして被害を負った人々の現状をなるべく知っておくこと。この11年で、信頼のおける人間や情報を見極める判断能力にさらに磨きをかけることができた。

そんなわたしがずっと気がかりなことがある。避難生活者がいまもなお、4万人近くにのぼる現状だ。

震災から11年、なお3万8139人が避難生活…復興拠点は避難指示解除へ

あれから11年経過したにもかかわらず、である。11年経っても、なお3万8000人以上が避難生活をおくっている。

そしてこの問題のもっとも深刻な点は、東日本大震災での死者数のうちの関連死には、先が見えないこの避難生活に悲嘆し、命を絶った人が多く含まれていることだ。


いつから政治家の仕事は会食や保身になったのか

2022年3月11日午前5時30分過ぎ、宮城県石巻市の日和山公園から眺めた旧北上川河口と太平洋

画像出典:毎日新聞

個人の方に係る復興特別所得税のあらまし

わたしたちが地道に納めている復興支援を目的とした税金は、一体どこに消え、誰が浪費しているのだろうか?

税金が驚くほどムダに…大震災から9年、「復興予算流用問題」を問う

国民は「自粛」なのに国会議員はOK? コロナ下でも会食をやめないワケ

政治家や高級官僚の仕事とやらは、一体いつから会食や保身、欲得の暴走になったのか?これらが誰から求められているというのだろうか?


王様扱いでちやほやしてやれば馬脚を現す滑稽さ

2022年3月11日午前5時30分過ぎ、宮城県石巻市の日和山公園につながる階段と、奥に広がる旧北上川河口と太平洋

画像出典:毎日新聞

義務を果たさず権利ばかりを主張するこの類いに共通する要素が、もうひとつある。

わずかでも自分たちに都合の悪いことを指摘されれば、相手を悪者扱いで大騒ぎ。「目立ちたがり屋の調子乗りがわめているだけだ。みんな信用してはならない」との喧伝に忙しい醜悪性だ。

傲慢不遜な彼らの辞書に、反省や修正という文字はいっさい存在しない。

どこぞの芸能人連中と手法がまったく同じそれを、国を代表し、血税から報酬を得ている政治家がやらかすのだから、政治家も悪質河原乞食もそっくりだ。

「その人間の本性を暴きたければ、権力を与えればよい。玉座に座らせ、王様扱いでちやほやしてやるだけだ」とは、昔の人はよく言ったものだなと感心する。

要は、その地位や立場に必要とされる己を律する強さや優しさを持ち合わせない人間は、漏れなくあっさりと歪み、修正がきかない暴走を繰り返す末路をたどるということ。

そしてその王様の周囲には、おこぼれにあずかろうと取り巻きがひしめき、ともに悪質行為をやめようとしない。実に見苦しく醜い光景である。

もっとも当の本人たちは、「下賤な底辺庶民どもが嫉妬しているだけ」と、己のご都合よろしく話の本質を180度捻じ曲げ、他人様を見下しながら中傷を繰り返すだけだが。

反省や修正が恥ずかしいと思い込んでいる、指導者気取りの可哀相さんたち。この国の未来を担う優秀な人間を支配下に置きたがり、思うがままにコントロールを目論み、惨めで無様な己の現実から逃げているだけの毒親とも等しい。

どこまでも滑稽極まりないどころではない。他人様に危害を加え、被害を被らせるしか能がない悪質な癌細胞である。まとめて消えてくれたほうが世のため、人のためだ。


高い倫理観や優秀な能力が必須とされる意味

2022年3月11日午前5時40分、宮城県仙台市若林区の荒浜の浜辺に手向けられた花

画像出典:毎日新聞

着服や無駄遣いなど、ありとあらゆる暴走をやめられないお偉いさんたちが、我が物顔でやりくりを行っている復興特別所得税は、果たして必要だろうか?とも疑問に感じている。

そんなお偉いさんどもに舵取りを任せても無意味なのだから、真っ当な機関にスイッチし、そちらへの納付に切り替えたらどうだろう?

とはいえ、税金だからこそきちんと納めざるを得ない人が多いわけで、民間企業や団体が国の役目を担おうにも難しい。だからこそ本来、国庫に携わる人間には、高い倫理観や優秀な能力が絶対的な必須条件なのだ。

念のため付け加えておくが、もちろん「お偉いさん」とは皮肉である。

「才能も実務能力も人間性も、すべてにおいてなにもかも足りないどころか決定的に欠け、玉座にしがみつき無駄な自己肯定感ばかり高め、上から目線がやめられない可哀相さん」を痛烈に言い換えたに過ぎない。

芸能人やスポーツ選手にも共通する必須能力

2022年3月11日午前5時30分過ぎ、海に向かって祈りを捧げる前にろうそくに火を灯す手

画像出典:毎日新聞

政治家のみならず、人前で芸事を披露しながら多くの注目を集める芸能人やスポーツ選手にも必要とされる資質としてあげられるのが、「国の政を取り仕切る人間に必要なのは鈍感力」である。

24時間365日マスコミに追い回され、一挙手一投足を面白おかしく切り取られて、見ず知らずの大多数からあることないこと言われる日常を過ごす立場である以上、ちょっとやそっとで動じない精神力という意味では理解できる。

ただしその鈍感力とは、自身の精神を健やかに保ちながら、多くのためにより良い仕事をし、充実した暮らしをおくるためのそれである。

「他人様の生活を荒らし、不利益を被らせながら、自己利益の追求や承認欲求を満たすためのものではない」し、「己と取り巻き、信者の利益のためなら、他人様を不当に貶める暴走を続けるためのものではない」のだ。

そんな視野が狭く、どこまでも醜い人間に鈍感力など持たれたら、たまったものではない。

すべてにおいて間違いだらけの鼻持ちならない発言やSNS投稿が、まともな層から徹底して疎まれる理由にも、彼らは一生たどり着けないだろう。

その言動や文章を逐一添削してやり、赤ペンだらけになった結果を前にしても「お前が悪い」の一点張りで、逆恨みの攻撃がやめられないことは想像に難くない。

まさにプーチンや習近平だ。うっとうしいどころか、悪質性が高すぎて邪魔でしかないことこの上ない。

なぜ、果たすべき義務を果たそうとしないのか

2022年3月11日午前10時過ぎ、宮城県南三陸町にある震災復興祈念公園の丘の上で手を合わせる人たち

画像出典:毎日新聞

東日本大震災に話を戻そう。

震災の影響により避難生活をおくる人々が、いまだ4万人近くという状況が一向に改善されない現状について、内心イライラしている。一人ひとりの立場や窮状に思いを巡らせただけで、どうしようもなく泣けてくる。

その苛立ちは、もちろん怠慢に対してである。

なぜ、できることをやろうとしないのか?

なぜ、職務や立場として果たすべき義務を果たそうとしないのか?

その権力は、あなた方が多くのために尽力できるよう与えられたものだ。私腹を肥やし、自己顕示欲で暴走するためのものではない。いつまで経ってもえらっそうなブサイクヅラで勘違いも甚だしい。

そしてこの現実は、「居ても立っても居られず、なんとかしたいのに、どうしようもない」己の無力さに直面すると同時に、「自分にできることを断固として続ける」という確固たる原動力にもなっている。

そこに存在するのは「他人事」ではない、どこまでも「我が事」の感性だ。

「他人事」ではなく「我が事」とする重要性

2022年3月11日午前5時30分過ぎ、宮城県石巻市の日和山公園から旧北上川河口と太平洋を眺める男性

画像出典:毎日新聞

社会人として働きだして以降、東北地方には同僚や友人、知人が少なくない。優しく、忍耐強く、理性的な彼らの仕事ぶりや人柄に触れるたびに、“東北らしさ”が好きになっていた。

出張だけでなく、幾度となく旅行にも出かけた。自然に恵まれた土地、美味しい旬の味覚、人々の温かさ……どれをとっても素晴らしい。それがわたしの東北への想いだ。

東日本大震災発生後、彼ら一人ひとりが脳裏から離れたことはない。そしてそうした葛藤は、仮に東北に直接懇意にしてきた間柄がいなかったとしても、変わらないと断言できる。

なぜなら、繰り返すが「他人事」ではない、「我が事」の感性を常に持ち合わせているからだ。

政治家はもちろん、いらん影響力を持ち合わせている名の知れた人々に問いたい。

あなた方にもっとも必要なのは、鈍感力より想像力、つまり「我が事」として考え、慮ったり、思い悩みながらも行動できる人間力ではないのか?

これは東日本大震災に関することだけではない。何事においてもだ。

その重要な資質が無残にも欠けた人間が、誰の心を揺さぶる演技ができるというのか?誰の生活に潤いを与えるプレーが見せられるというのだろう?

「下賤な庶民は、自分たち上流階級を支えるカモでしかない」というあんたらの薄汚い根性が常に透けて見えるんだよ。一般人はあんたらのご都合よろしい犬猫でも道具でも奴隷でもねえわ。いつまでも勘違いすんな役立たずの馬鹿野郎が。

と、はっきり言い切ってやれば、さすがにその哀れなほど出来の悪いオツムでも現実に向き合うだろうか。

ここまで言わなきゃならないダメさぶりが絶望的だ。もはや社会のなかでろくに使えない邪魔な足手まといでしかない。

かけがえのない彼らの存在を決して忘れない

2022年3月11日午前9時前、宮城県女川町のJR女川駅前に掲げられた、震災で亡くなった人たちへの思いがつづられた黄色いハンカチ

画像出典:毎日新聞

コロナ禍でもそうだが、有事になるとその人間の本性や能力があぶり出される。

コロナ禍にもかかわらず、身勝手極まりない戦争を始めたプーチン以下ロシア上層部への憤りはもちろんだが、本質的に彼らによく似た日本国内の面々にも鼻で笑い飛ばす感情しかわかない。

だからこそ、真っ当な層は助け合い、支え合いながら、ともに強く生きる必要がある、とも断言したい。

上記は、久しぶりに稼働させているインスタグラムへの投稿だ。

今年は3月11日当日からしばらくのあいだ、ブログの更新ができそうにないスケジュールだったため、「せめてそれならば」とインスタへ。

わたしたちは、あの日以前には戻れないからこそ、できることがあると信じている。

かけがえのない彼らの存在を決して忘れないこと。かけがえのない彼らの意志を受け継いで生きていくこと。

桜は日本の国花でもある。

凍てつく寒さをじっと耐え、春の訪れを知らせるべく綺麗に咲き誇る桜。それはわたしたち日本人が本来、遠い昔から育んできた精神性そのものだ。

かけがえのない彼らとともに、これからも、強く強く、気高く存り続ける。

その揺るがぬ尊い決意を持ってこそ、必ず実現できることがある。わたしはそう、信じている。

今年も変わらず、常に真っ当な精神で生きる

2022年3月11日午前6時前、「奇跡の一本松」が残る陸前高田市にのぼる朝日

画像出典:毎日新聞

さて、今年も1年前の記事の結びを振り返っておこう。

「今年も変わらず、真っ当な精神を失わず生きる」

そう、違いない。そして、それは今年もやっぱりそうだ。

今年も変わらぬ想いを抱きつつ。

わたしは、愚鈍な罪深き者とは、一生決別する。穢れなき魂を持ち、たとえば被災地にもきちんと寄り添える本物のこころある人間さえいれば、もうそれでかまわないから。

「自分だけではなく、人のためにも論じ、力強く、かつ的確な動きができる姿勢」を、これからも決してなくさない。

歪んだ愚かさとは相容れないと言い切れるわたしだからこそ、一年前と変わらず、そしてこれからの一年後も変わらず、現地に寄り添うことを忘れないよう、強く強く、願っている。

現地のみなさんにとって、過去や未来ではなく、毎日の「今日」という日が、どうか最良の日でありますように。