障害者いじめ自慢の小山田圭吾と東京五輪開会式音楽担当に選んだ組織委員会の悪質な実態

2021年7月23日(金)開催の2020東京オリンピック

問題だらけで批判殺到の東京オリンピック・パラリンピックが、いよいよ今週末、7月23日(金)に幕を開ける。

開会式に先立ち、21日(水)から競技開始となるが、広範囲にわたって周囲を確認してみても、そしてわたし自身も、あいかわらず興味も観戦予定もないという状況だ。

選手も観戦者も、思う存分楽しんでほしい。その気持ちはこれまでと変わらない。が、運営費にあてる資金は、東京オリンピック・パラリンピックが楽しみな国民から徴収した税金のみにしてほしい。

何が言いたいかというと、わたしが納めた税金は使ってほしくない。コロナや豪雨被害の対策にあててほしい。地道に働いて得た報酬から納めたわたしの貴重な税金は、五輪組織委員会に使わせてやる金ではない。

そのくらい、今回の五輪には協力する気持ちが持ちづらいのが本音だ。

さて、楽しみたい人は目一杯楽しんでほしいという具合だった同大会だが、開催直前のこのタイミングでとんでもない醜聞が飛び込んできた。

長期間にわたり障害をもつ方々を虐待・拷問した人物が、障害者の栄誉ある祭典であるパラリンピックの楽曲を担当するという。その人物とはコーネリアスの小山田圭吾だ。

これはどういうブラック・ジョークか?たちの悪い冗談にしても度が過ぎる。

いつから日本という国は「差別大国」として世界中に嘲笑される道を選んだのだろうか?少なくとも、わたしは国民のひとりとしてこんな馬鹿げた選択を了承した覚えはない。ただの一度もだ。

今回は障害者いじめ自慢の小山田圭吾と、小山田氏を東京五輪開会式音楽担当に選んだ五輪組織委員会の悪質な実態をテーマにお届けしたい。

まず最初に言いたいのは、小山田氏の学生時代の醜聞はいじめではないということ。これはれっきとした、弱者に対する虐待行為を伴った拷問であり殺人未遂事件だ。

そしてこの記事を目にするすべての人に、特に現在進行形でいじめやハラスメントを行っている人に伝えたい。

「いじめ」や「ハラスメント」などという軽々しい言葉で片付けるのはやめてほしい。あなたが愉しんでいるそれは「犯罪行為」であり、あなたは間違いなく「加害者」であり「犯罪者」だ。

その現実から都合よく逃げるな。


この記事はこんな人におすすめ
  • 小山田圭吾の過去のいじめについて詳細が知りたい人
  • 小山田圭吾が東京五輪開会式音楽担当に適任かどうか知りたい人
  • 東京オリンピック・パラリンピックの運営に疑問をもっている人

小山田圭吾のデビュー時に直感的に感じた気味の悪さ

小山田圭吾氏とわたしは同年代に近いが、小山田氏が過去に犯したいじめという名の犯罪行為について、実は恥ずかしながらこれまで知らなかった。

あえて彼とその仲間を避けてきたと言ってもいい。彼が手掛けた映像作品集がグラミー賞にノミネートされてもなお、である。

理由は、同氏のフィールドであるサブカルチャーに対する興味の薄さと、彼らが発信する音楽を好まない趣向性、そして小山田氏がデビューした際に直感的に感じた気味の悪さだ。

いまでこそサブカルチャーは漫画やアニメ、ゲーム、音楽、アイドル、フィギュアなど多彩な分野を包括し、これらが世界的な市民権を得たことも手伝い、ポップカルチャーという認識が広まっている。

が、当時はといえば、一般的な社会人や学生が触れてはならないダークサイドの要素が大いに含まれていた。なにしろ、かのオウム真理教を「前代未聞のサブカル・カルト教団」と称する向きもあるほどだ。

幼少期から変わらず、メジャー作品を中心に漫画・アニメ・ゲーム・音楽にはどっぷりハマってきたものの、こうしたアンダーグラウンドを嫌厭していたため、サブカルすべてを知ろうという気持ちにはなれなかった。

小山田氏の音楽を好まなかったことも大きい。

思春期には国内外のロックを中心に聴き込み、ポップスやヒップホップなどジャンルを問わず頻繁にライブに足を運び、フリッパーズ・ギターが属するカテゴリーもそれなりに耳にしていたが、不思議なことに興味がもてなかった。

そしてなにより、デビュー当時に感じた底知れぬ気味の悪さが、小山田氏と仲間を避けるに至った大きな要因である。彼らのファンの方々には恐縮だが、生理的にどうやっても受け付けなかった。

あえて話題にも一切触れずに生きてきたため、これまでその理由がまったくわからずにいたのだが、今回、小山田氏が東京五輪開会式の音楽を担当することが発表され、過去の事件を否応なく目の当たりにし、己の直感の鋭さを自覚した。

あの例えようのない気味の悪さは、彼の残虐非道な猟奇性を感じ取っていたからだったのか、と。

小山田圭吾が学生時代に行った障害児に対するいじめ

小山田圭吾における人間の研究|孤立無援のブログ

小山田圭吾氏、音楽雑誌でいじめ告白「僕はアイデアを提供するだけ(笑)」|日刊スポーツ

開会式作曲の小山田圭吾氏障がい者いじめ告白雑誌を入手 五輪理念に逆行|日刊スポーツ

小山田圭吾氏が起こした、当時障害児だった同級生に対する虐待・拷問事件および自ら誌面で語った内容については、上記のリンク先を参照してほしい。

「この事件の内容や告白を、自分の手で書きたくない。引用として抜粋するのも嫌だ」と、ここまで憤ったのは生まれて初めてだ。そして、あまりの怒りに涙があふれるだけでなく震えが止まらなくなったのは久しぶりのことである。

学生時代の悪行もさることながら、あろうことかミュージシャンとして一定の評価を得てから商業誌で自慢気に語った歪んだ嗜好性は、真っ当な社会人や学生の理解の範疇を軽く飛び越えている。

1994年に音楽誌『ロッキング・オン・ジャパン』、1995年にカルチャー誌『クイック・ジャパン』にて、学生時代に率先して行った暴行を面白おかしく披露。当時被害者から毎年送られていた年賀状をわざわざ晒し、字や内容が拙いなどと被害者と母親を侮辱する行為を繰り返したことも看過できない。

加えて、複数の被害者への長期間にわたる拷問を続けただけでなく、周囲を恐怖で支配し、「被害者を助けようとしたら今度は自分がやられる」という意識を植え付け、被害者を孤立させた狡猾さも到底許されるものではない。

ロッキング・オングループ

クイック・ジャパン|太田出版

ナチスやオウム真理教と同じ本質の小山田圭吾の猟奇性

小山田圭吾氏と仲間の虐待・拷問行為と、アドルフ・ヒトラー率いるナチ党によるホロコースト、麻原彰晃率いるオウム真理教による地下鉄サリン事件および坂本弁護士一家殺害事件は、なにが違うというのだろう?

本質的には、ホロコーストやオウム真理教事件と等しい残虐非道な犯罪だ。被害者が命を断たずにいてくれたことだけが不幸中の幸いで、当時の彼らの恐怖と絶望、その後の心身状態を想像すると、まったく関係ないわたしまで怒りと悔しさで頭の血管が切れそうになる。

付け加えると、『ロッキング・オン・ジャパン』および『クイック・ジャパン』は、坂本弁護士一家殺害事件に加担したTBSと等しい立場だ。

しかも小山田氏も同2誌も、現在に至るまで一度もその罪を償っていないどころか謝罪すらしていない。

日本の音楽業界は一体どんな倫理観の集まりなのだろうか?これだけの猟奇性を帯びた人物を野放しにしていたことが恐ろしい。こんな馬鹿げた話があっていいわけがないだろうが。

小山田氏を筆頭としたこのおぞましいお歴々を、わたしは同じ人間として認めることはできない。この先、一生、一瞬たりとも。

そして誤解を恐れずに言えば、わたしは小山田氏がいま、非業の死を遂げてもなにも感じない。むしろ「あ、そう」程度に吐き捨てて終わらせるかもしれない。

この事件とその後の執拗な行動を知り、「この世に生かしておく価値がない生き物」とまで、嘘偽りなく痛感したのだから。

もしナチスやオウム真理教とは違うと論じたい人がいるようであれば、小山田氏のこれらの犯罪行為とヤクザが行う拷問とは、なにが違うというのだろうか?と考えてみてほしい。

いや、こんな表現をしたら極道稼業の方々からお叱りを受けるかもしれない。なぜなら、彼らは自らその道を選んだ人間だからだ。いわゆるカタギの者に手を出すことは、業界内でご法度とされている。

たとえば、女性や子ども、障害者など弱者に対する虐待や性的暴行などを行った者が刑務所に収監された場合、受刑者たちのリンチにより報復される。悪人の中の善人?による私刑と言ったらいいのか、彼らの善悪基準において弱者を痛めつける行為はもっとも極悪非道で、その判断にもとづき制裁が行われてきた証だろう。

つまり、小山田氏は悪人の中でも極めて劣る鬼畜である。

そんな人物がたとえ非業の死を遂げようが、吐き捨ててしまうだろう気持ちはどうやっても否定できない。言葉を変えれば、今後小山田氏が転落しようが、すべて「因果応報」「自業自得」である。

過去の悪行が表沙汰になり慌てて公開した初の謝罪文

さて、再び過去の悪行が表沙汰になったことで、小山田圭吾氏は慌てて初の謝罪文を公開した。

全方位からの集中砲火が免れない会見という手法を選ばず、お手軽に公式HPやSNSのみという、どこまでも逃げの一手を選択した姑息さを露わにしながら。

東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加につきまして

この度は、東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への私の参加につきまして、多くの方々を大変不快なお気持ちにさせることとなり、誠に申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。

ご指摘頂いております通り、過去の雑誌インタビューにおきまして、学生時代のクラスメイトおよび近隣学校の障がいを持つ方々に対する心ない発言や行為を、当時、反省することなく語っていたことは事実であり、非難されることは当然であると真摯に受け止めております。

私の発言や行為によって傷付けてしまったクラスメイトやその親御さんには心から申し訳なく、本来は楽しい思い出を作るはずである学校生活において、良い友人にならず、それどころか傷付ける立場になってしまったことに、深い後悔と責任を感じております。

学生時代、そしてインタビュー当時の私は、被害者である方々の気持ちを想像することができない、非常に未熟な人間であったと思います。

記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。

また、そういった過去の言動に対して、自分自身でも長らく罪悪感を抱えていたにも関わらず、これまで自らの言葉で経緯の説明や謝罪をしてこなかったことにつきましても、とても愚かな自己保身であったと思います。

それにより、当時のクラスメイトだけでなく、学生時代に辛い体験をされた方々やそのご家族、応援してくださるファンの方々に対しても、不誠実な態度を取り続けることになってしまいました。本当に申し訳ありません。

学生当時、私が傷付けてしまったご本人に対しましては、大変今更ではありますが、連絡を取れる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております。

今回、私が東京2020オリンピック・パラリンピック大会に携わることにつきまして、否定的なご意見を頂くのは尤もであると思います。また、このコロナ禍において、国民の皆様が不安を抱えるなかでの大会開催に関与することへの疑問のご意見も頂戴しております。

本来であれば、様々な理由から、私の参加にご不快になられる方がいらっしゃることを考慮し、依頼を辞退すべきだったのかもしれません。しかし、課題も多く困難な状況のなか、開会式を少しでも良いものにしようと奮闘されていらっしゃるクリエイターの方々の覚悟と不安の両方をお伺いし、熟考した結果、自分の音楽が何か少しでもお力になれるのであればという思いから、ご依頼を受けるに至りました。

そのうえで、今回の音楽制作にあたりましては、自分なりに精一杯取り組んで参りました。それは、私だけではなく、他のクリエイターの方々も同様であると思います。故に、私の関与により、開会式へ不快な印象を与えてしまうことを心から申し訳なく思います。

この度、様々なご指摘を頂いたことで、あらためて、自分自身の在り方について振り返り、反省と再考をさせて頂く機会を得ました。それにつきましては、ご意見をくださった皆様に、感謝すべきことだと感じております。

私が傷付けてしまったクラスメイトご本人へはもちろんのこと、長年の私の不誠実な態度により、不信感や不快感を与えてきてしまったファンの皆様や友人たち、関係者の皆様に、心からお詫び申し上げます。

一人の人間として、また、音楽家としてどう在るべきか、自分は世の中や周囲の人々に対して、どういったかたちで貢献していくことができるのか、常に自問自答し、より最善の判断をしていけるよう、一層の努力をして参りたいと思います。

小山田圭吾

2021年7月16日

CORNELIUS

反省している。記事の内容は事実と異なる内容も多い。大変今更ではあるが、連絡を取れる手段を探し、直接謝罪をしたい。

声をあげて笑ってしまった。どのツラをさげてほざくのか?と。

本当に己の過ちを後悔している人間であれば、なんらかの形でとっくに謝罪し、贖罪に相当する活動を長年継続しているはずだ。加えて、記事に事実と異なる内容が多いようなら、即座に謝罪とともに訂正していなければおかしい。

だが、小山田氏にはそうした形跡が一切ない。

あるのは、事件から10年が経過し、社会的に成功を収め、当時以上に多くが自分に逆らいづらい立場の構築後、雑誌という媒体を利用して被害者のさらなる人権侵害を試み、被害者家族も含めて社会的に貶めた行為だけだ。

異なる内容が多かろうが、被害者を嘲笑し尊厳を傷つける歪んだ快楽を優先させ、記事として世間に公表することで年月が経っても自分からは逃れられないという恐怖政治を敷き、笑いものにできたという優越感に酔いしれていたに過ぎない。

つまり小山田氏の今回の滑稽な謝罪は、「名誉職を失いたくない」という己の欲望のみに特化した形式だけのものである。これのどこが謝罪だというのか。その薄汚れた狡猾さに反吐が出る。

まして、なぜいまさら被害者とご家族の前にのこのこ出ていけるというのだろう。それがさらに被害者側の傷をえぐり、下手すれば取り返しのつかない事態を招くことすら理解できていない自己中心的かつ視野の狭い愚かさごと殴り飛ばしてやりたくなる。

わたしが被害者やその家族であれば、かつての地獄を思い出すだけだし、二度と顔も見たくないし声すら聞きたくない。当然のことながら、業界で功績をあげてきた経歴を含めて、一生許すことはできない。

こうした安直な手法を選択する浅はかさと傲慢さもそうだが、弱者への虐待・拷問を武勇伝として語る小山田氏の人間性は変わっていない。彼はいま、徹底的に落ちなければいけないとすら感じさせる。

さもなければ、現在進行形でいじめという名の犯罪行為を行っている、あるいは見て見ぬフリをして結果的に加担している人間たちに、誤ったメッセージを送ることになるからだ。

「犯罪まがいのイジメをしても、周囲にチヤホヤされる仕事で成功し、世界で金儲けができるようになる」と。

しかも小山田氏が過去に犯した過ちはいじめではない。極めて残忍性が高い集団リンチだ。長年にわたって被害者たちに拷問を加えた陰惨な殺人未遂事件と言っても過言ではない。本来であれば警察が動き出すべき事案である。

であるからこそ、悪事を行っている子どもや大人のみならず、この世のすべての子ども、そして大人たちのためにも、このままオリンピックとパラリンピックに彼の曲を流してはいけない。

共犯でもある『ロッキング・オン・ジャパン』、並びに『クイック・ジャパン』も声明を出したらいい。「自分たちは命や人権、尊厳をすべて毀損し嘲笑する歪んだ猟奇的快楽を多くに提供しながら利益を得る組織である」と。

公共性を伴う雑誌媒体として、自分たちの経営理念になにひとつ間違いがないのであれば、堂々と宣言できるはずだ。やれるもんならやってみたらいい。

それから、いまさら「間違っていた」と謝罪したところで、選挙前の政治家がしつこく繰り返す「皆様のために」「皆様の清き一票を」に等しい薄ら寒い詭弁でしかないことを付け加えておく。

国家的行事の身体検査すらできない五輪組織委員会の醜態

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の悪質性についても言及したい。

五輪の理念にすべて反する小山田圭吾氏の起用のみならず、起用決定の発表を大会開催直前に選んだのも実にずる賢いといえる。世界中から批判が殺到しようが強行できるよう、後戻りできないタイミングをつくりたいがためでしかない。

こうした進め方や策略からもうかがえるように、電通を含めた五輪関連組織の幹部および所属員は、揃いも揃って小山田氏と同レベルの集まりだ。

被害者の方々とそれぞれの親御さんの気持ちを思うと涙が止まらなくなる。当然のことながら、小山田氏を選んだ人たちのことも心から軽蔑する。

凄惨な犯行手口で障害者をいたぶり、肉体を傷つけ心を殺した極悪非道な人間を祭典に起用するなど、日本の倫理観に反するし国の恥でしかない。

この判断が我が国の倫理観として正しいというのであれば、オリンピック・パラリンピック名誉総裁である天皇陛下に、包み隠さずご報告申し上げればいい。

「学生時代に長期間にわたり障害者を虐待・拷問するという残虐な非人道的行為を、大人になり社会的に成功後、笑い話の武勇伝として披露しながら被害者および被害者家族を嘲笑し、さらなる人格破壊と尊厳毀損を行った人物を起用する。なにひとつ問題ないと判断した」と。

障害者スポーツの発展にお力を注ぎ、お心を寄せながら静かにお見守りくださっている天皇陛下の御前で、本当にそれができるのであれば。

日本の象徴・天皇陛下と国民の顔に泥を塗る組織委の愚行

五輪組織委員会などと偉そうにふんぞり返ってやりたい放題している、国際社会の出来損ないで、使い物にならないどころか足を引っ張るしか能がない愚鈍で無能なあなた方に問いたい。

あなた方は、日本の象徴である天皇陛下と日本国民の顔に泥を塗り続ける愚行を率先して行っているという現実に、一体いつになったら向き合うのか?

国家的行事への参加要請にあたり、インターネットが発達した現代社会においてGoogleなりYahooなりで「小山田圭吾」と入力し検索すれば、この人物がどれだけ非道か、しかも悪びれもせず誹謗中傷を目的とした自慢話にする異常な人間性がわかるだろうに。

そんな基本的なことすらできない能力しか無いくせに、上から目線で物事を語るな、決めるな、国民を巻き込むな。「知らなかった」で通用すると思い込んでいるその頭の悪さと感性の鈍さが驚愕でしかない。

それから、このままの体制で強行すれば、トヨタ自動車・日本生命・コカコーラ・味の素など、五輪スポンサー企業のイメージダウンも免れないことは覚悟しておいたほうがいい。現に不買運動も始まっている。

他組織でいえば、「反省しているから彼の曲を使い続ける」とし、子供向け教育番組や障害をもつ方々のための番組を放送するEテレのNHK。イジメ撲滅をスローガンのひとつに掲げる文科省。

現段階で、スポンサー・NHK・文部科学省のいずれも五輪組織委員会に対して声をあげていない。マスコミもほぼスルーである。

これだけの大不祥事に抗議の声すらあげず、臭いものに蓋をすることが暗黙のお約束のように取り扱わない組織が代表ヅラを晒す。悲しいかな、これが日本の現実だ。「さすが美しい国ニッポン」などと痛烈な皮肉を連発してやりたくなる。

あえて辛辣かつ乱暴な表現を選べば、「揃いも揃ってあほか。いっぺん人生やり直してこい。どこまで出来損ないだよ馬鹿野郎どもが」でしかない。

Wikipedia日本語版・英語版にいじめ暴行事件が掲載

なお、Wikipediaの小山田圭吾氏のページには、すでに今回の一件が加筆されている。日本語版のみならず、世界中の多くの人間が読める英語版においても。

いじめ・暴行発言による騒動

1995年7月1日発売の音楽雑誌に掲載されている小山田のインタビューにて、小山田が小学生から高校時代の長年に渡り、複数の障がい者生徒に対していじめ・暴行行為に関与していたことを取材時に語っていた。これを受け、小山田と被害者の対談が企画されるが、被害者全員から対面を拒否された。小山田本人は「けっこう今考えるとほんとすっごいヒドイことしてたわ。この場を借りてお詫びします(笑)」と語っている。

さらに、ROCKIN’ON JAPAN1996年1月号では「障がい者の生徒たちを跳び箱の中に閉じ込める」「マットレスでぐるぐる巻きにした上に飛び蹴りする」「排泄物を食べさせる」「服を脱がせ裸で歩かせる」「自慰行為を強要する」「殴る・蹴る等の傷害」等のいじめ・暴行行為に及んたことを回想していたという。

2021年7月、“多様性と調和を基本理念としている「東京オリンピック・パラリンピック」の開開式・閉会式の制作メンバーとしては不適格ではないか”との声が、インターネット上のSNSにおいて広がっているという。

小山田圭吾|Wikipedia

Bullying scandal

In interviews in 1994 and 1995, Oyamada said that he had bullied and assaulted several students with disabilities in school. In one interview, Oyamada dismissed the incidents with a laugh. In a 1995 interview for Quick Japan [ja], Oyamada said he had locked a disabled student in a vaulting box, wrapped another student in gymnastics mattresses and kicked them, forced a student to eat their excrement, taped a cardboard box around a student’s head and poured chalk inside, made fun of a disabled student running a long-distance race, and forced a student to masturbate in front of other students.

I bullied many classmates. I think I bullied them really really badly. I take this opportunity to apologize (laughs).

—Keigo Oyamada (“Rockin’On Japan”, January 1994)
On July 14, 2021, the Tokyo Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games (TOCOG) announced that Oyamada would be a composer of the 2020 Summer Olympics opening ceremony, with the concept being “the ability to celebrate differences, to empathise, and to live side by side with compassion for one another”. The announcement caused a social media backlash, with many questioning Oyamada’s involvement.

On 16 July 2021, a week before the opening ceremony, Oyamada tweeted an apology, but also said articles had contained exaggerations or mistakes that he had not corrected. On the same day, the TOCOG issued a statement stating they were unaware of the interviews and that while Oyamada’s actions were “very inappropriate”, they had not dismissed him from the ceremony. Toshirō Mutō, the chief executive of the Organizing Committee and ex-chairman of Kaisei Academy, said he wanted Oyamada to remain. On July 19, Oyamada decided to leave the creative team for the Tokyo Olympics.

Cornelius (musician)|Wikipedia

当時のインタビューでは、文末の多くに「(笑)」を付けたことからも明らかなように、あくまでも被害者および被害者家族をさらに傷つける尊厳の毀損が目的であり、社会的殺人に等しい思惑が透けて見える。

英紙テレグラフ・ガーディアンら海外各機関の報道合戦

海外での報道も加速している。まず先行したのはイギリスのデイリー・テレグラフ紙だ。

Japanese composer who abused disabled classmates and forced them to perform sex acts remains involved in opening ceremony

Keigo Oyamada, better known by his stage name Cornelius, has been one of Japan’s most successful singer-songwriters

Tokyo Olympics organisers insist they are happy for a famous Japanese musician to continue as a composer for next week’s opening ceremony despite interviews resurfacing where he described abusing mentally ill classmates and forcing them to carry out sex acts in front of other students.

Keigo Oyamada, better known by his stage name Cornelius, has been one of Japan’s most successful singer-songwriters over a career spanning more than 25 years and was this week named as one of the music composers for the Olympics opening ceremony.

That announcement saw two interviews he gave to Japanese music magazines in 1994 and 1995 resurface, in which he described inflicting horrific abuse on his peers when at school.

He describes locking a disabled classmate in a box, taping a cardboard box around his head and pouring chalk inside, wrapping him in a mattress and kicking him, making him eat his own faeces, and forcing him to masturbate in front of other students.

Following criticism of his Olympic role, Oyamada released a statement on Friday apologising for his actions but declined to step down from his role.

“I apologise from the bottom of my heart,” said the 52-year-old. “In past magazine interviews, I spoke of my thoughtless remarks and actions towards my classmates in my school days and people with disabilities at neighbouring schools without reflecting on what I did at the time. I take it seriously that I deserve to be criticised.

“I sincerely apologise to my classmates and their parents who have been hurt by my words and actions, and I feel deep regret and responsibility for not being a good friend in school life, which is supposed to make good memories, but being in a position to hurt them.

“When I was a student and at the time of the interview, I couldn’t imagine the feelings of the victims. I think I was very immature.”

On his role in the opening ceremony, Oyamada added: “Maybe I should have declined the offer, considering that some people would be uncomfortable with my participation for various reasons.

“However, I heard both the resolution and anxiety of the creators who are struggling to make the opening ceremony even a little better in a difficult situation with many issues, and as a result of careful consideration, I decided to accept the offer because I wished that my music could be of any help.”

Asked on Saturday about Oyamada’s involvement in the opening ceremony, Tokyo 2020 chief executive Toshiro Muto said he wanted the musician to remain involved.

“At the moment, he has made a full apology,” said Muto. “He is sorry for his past actions and he has said that he wants to act with high morals.

“It is true that the organising committee was not aware of what Oyamada had done in the past. However, we have heard Oyamada’s apology and we are hoping that he will continue to contribute to the Tokyo Games.”

Japanese composer who abused disabled classmates and forced them to perform sex acts remains involved in opening ceremony|The Telegraph

この後、同じ英有力紙のガーディアンでも詳しく伝えられ、続々と世界中で広がりをみせている。

小山田圭吾さんの「いじめ告白」、海外メディアも報じる。開会式続投を問題視する声も紹介|ハフポスト

デイリー・テレグラフに掲載された記事の引用を翻訳してもらえば理解できるはずだが、小山田圭吾氏が行った被害者に対する虐待・拷問内容を詳細まですべて記載し、「五輪音楽担当として続投することを組織委員会は喜んでいる」と明言したことに注目してほしい。

日本以上に虐待や人権侵害、尊厳毀損行為を断罪し、たとえ現在、世界的に成功を収めている人物であっても、一切の容赦なくその地位から引きずり下ろすことを厭わない海外を代表する報道機関が、である。

これがなにを意味するか、基本的な仕事の能力もなく、社会性に乏しい五輪組織委員会のお歴々には一生理解することすら不可能だろう。

自分たちがどれほどの間違いを犯し、それが世界でどう受け止められるか、これから嫌というほど味わえばいい。本人ともども、もはや逃れることなど叶わない残酷な現実として。

他者への非道行為を認める日本芸能界との擁護に辟易

一方、小山田圭吾氏を擁護する人間たちの言い分に目を通すと、「彼が所属するのは特殊な世界だから」だという。

なるほど。では日本の芸能界は、他者に対する虐待や暴行、人権侵害や尊厳毀損行為を許容し、認める業界だと宣言しているに等しいが、結論はそれでよろしいか?

確かにそうした業界であると自分たちで自負し、推奨しているのであれば、次から次へと目を覆いたくなる醜聞を晒してきたことも疑問ではない。

まして小山田氏が芸能界で成功を収めてから、自ら当時の犯罪行為を面白おかしく娯楽として周知していても、誰も諌めないどころか暴走を続けさせてきたのだから。

と考えると、特に昨年から頻発している騒動がなぜ起こったのか?にも自然と納得する。

ドイツ・ブンデスリーガのシャルケの試合後に健闘を称え合いながらサポーターに勝利の挨拶をする親友同士の内田篤人とマヌエル・ノイアー世界王者ドイツがサッカー大国として歴史を築いた理由と、内田篤人・香川真司が育んだ絆 ライター/フォトグラファー/営業&マーケティングプランナー・ディレクター田中佐江子新型コロナウイルスがもたらした2020年の変化と、変わらない大事な存在と2021年へ

属する人間たちは、ずいぶんと滑稽な特権階級を気取り、上から目線で誤った方向に走ることが常套手段だが、なんのことはない、小山田氏と同類、もしくは彼を野放しにするどころか高く評価する五輪組織委員会と同質と考えれば合点がいく。

個人的に二度と日本の芸能界を好意的に見ることはない。いまや佐藤健という名前ですら、目にしただけで気分が悪くなるようになってしまった。

残念ながら、映画『るろうに剣心』の鑑賞も取りやめることにした。自分と身内のみならず他者の命や人権、尊厳を守るという、人間の根本理念すら持ち合わせようとしない業界には、ビタ一文たりともお金を使いたくない。

ここまで来てしまうと、いつまで経っても基本的な自浄作用も働かず、まともに修正すらできないがゆえに多方面の迷惑でしかない出来損ないの業界は、むしろとっとと潰れてしまえばいいとすら思えてくる。まとめて殲滅されてしまえと。

上級国民・飯塚幸三被告に等しい小山田圭吾の悪質な対応

補足として個人的な意見を言わせてもらうと、過去に過ちを犯した人間であっても、更生の道を閉ざすのは間違っているし、むしろ危険だと考えている。

ただしそれは、過ちの悪質度を問わず、本人が心から反省し、贖罪をしたいという真摯な気持ちでその後の人生を送り、決して口だけではなく贖罪に相当する行動や活動を継続している場合に限る。

また、犯した過ちの程度も関係する。

たとえば、夫婦や親子間での長年の過酷な介護疲れや、親が我が子の残虐性について他者への危害につながると判断した結果、やむにやまれず涙ながらにその命を断つに至った悲しい事件。

一方、己の快楽を目的に、自分や家族、仲間内以外の他者の命や人権を侵害および毀損し、贖罪すらせずに保身で逃げ回るだけでなく、同じ過ちを繰り返す残酷非道な事件。

上記は極端な例としてあげたが、前者の場合、加害者に対して刑事処分を課さない、もしくは処罰を軽くする希望を伝える嘆願書が多く寄せられる。

反対に後者は、加害者の人権保護を主軸にしたかの現行の日本の法律において、罪の重さに対して刑罰が軽すぎるため、国内外から批判が殺到する。

さて、小山田圭吾氏の虐待・拷問事件はどうだろうか?

答えは明白だ。

わたしに言わせれば、なんの罪もない親子を轢き殺しておきながら歪んだ自己弁護と保身に明け暮れ、結果として被害者と遺族の心身を殺めながら上級国民として生きながらえている旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告に等しい。

《池袋暴走事故》「飯塚さん、寝るなよ!」被害者遺族の感情を逆撫でした“上級国民”の態度|週刊女性PRIME

なにが違うというのだろう?小山田氏の虐待・拷問行為では、いずれの被害者も死んでいないから許されるとでも?

いつまでも笑わせんなよ外道ども。

因果応報は彼らの言葉を借りればエンタテインメント

最後に、ある顛末にも触れておきたい。

先日、開催直前に中止が決定した音楽フェスがある。『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』だ。

今回、小山田圭吾氏の醜聞が世界中で報道されたことを受け、実はまずわたしが最初に頭に浮かべたのが、同イベントが中止に追い込まれた事態だった。

なぜなら、このイベントの企画制作は、小山田氏の悪事に加担した『ロッキング・オン・ジャパン』であるからだ。

ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021 開催概要

もちろん、以前から小山田氏の虐待・拷問事件や猟奇性を批判してきたアーティストには罪はない。わずかながらといわれているが、同世代を中心に、小山田氏への異を唱えてきた同業者も存在する。

ただ、なんとも物悲しい因果応報だなと。今風の表現でいえば特大ブーメランだ。

己の歪んだ快楽を目的に他者に危害を加えた者は、いずれ必ず断罪される。しかも直接本人が制裁を受けるだけでなく、本人に関わる者や、本人が大事にしている物に対しても。

ならわしともことわざとも呼べる人間社会の摂理のひとつとして伝えられてきたが、共犯である『ロッキング・オン・ジャパン』が取り仕切る『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』の直前中止は、古くからのそれを想起させる。

結果として、被害者と被害者家族はもちろんのこと、巻き込み事故のように犠牲になった多数の同業者や観客に対し、いま、どんな思いを抱いているのだろうか。五輪開会式や巨大フェスの担当という地位にしがみつこうと画策を続ける彼らに聞いてみたい。

事件から10年が経過し、被害者と被害者家族を侮蔑しながら執拗に小山田氏との対談を迫るという、さらなる悪行を重ねた『クイック・ジャパン』を含め、それから30年近く経ち、揃って因果応報を食らい始めた結末にも、やはりわたしはなにひとつ同情できない。

加害者は往々にして、被害者を悪者や恐ろしくきついものとして仕立て上げ、自らが被害者であるかのように振る舞うのがお決まりの手口だが、はっきりと申し上げたい。

あなた方は、れっきとした加害者であり犯罪者だ。その事実は一生かけても消すことはできない。

残虐非道な犯罪行為の報復を、これからじっくりと、真綿で首を絞められるかの如く受けたらいい。そしてわたしは変わらず、こう断言する。

擁護し寄り添うべきは加害者ではない、いつの時代でも間違いなく被害者だ、と。

外道は外道らしい人生を送ったらいい。これから始まる因果応報を見届けさせてもらおう。あなた方の言葉を借りれば、これこそがロックでありカルチャーでありエンタテインメントなのだから。