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昨日の東京は突き抜けるように澄んだ青空が広がっていた。
幼い頃、濁りのない心で見上げた空。どこか懐かしさを覚えるそれだ。
誰もが記憶の片隅にたいせつにしまってあるそれを眺めながら、その訪れを、今か今かと待ちわびる人が都内各所に集まっていたと聞く。
12時40分、地上から歓声があがった。
大人も子どもも、大きく手を振り、キャッキャと喜びあう。隣り合わせた見知らぬ人同士、感想を伝えあい幸せそうな笑みを浮かべる。
暗く沈み、下を向く日々が続いていたなかで、その訪れは「そういえば、空を見上げるのって、いつぶりだっけ?」と思い出させ、心に栄養を与えてくれるひとときとなった。
5月29日(金)、東京都心の空に航空自衛隊が誇るブルーインパルスが舞った時間を振り返ろう。
空自のブルーインパルス、初の都心ど真ん中の飛行
画像出典:朝日新聞デジタル
新型コロナウイルス感染症に対応中の医療従事者に感謝と激励を伝えようと、航空自衛隊のブルーインパルスが29日、東京の都心上空で編隊飛行をおこなった。
その飛行は、医療従事者のみならず、多くの国民に感謝と敬意を届けるためであると河野太郎防衛大臣が明かしている。
宮城県の航空自衛隊松島基地所属のブルーインパルスが、埼玉県入間基地にて地上滑走から基地を離陸したのは12時半ごろ。
飛び立った6機は、12時40分ごろから都心上空1,000メートル前後を約20分飛行。
JR東京駅や東京タワー、都庁などのそばを通り、白のスモークを炊いて6本の線を描いた二周のフライトを終え、13時ごろ帰投した。
1周目の約10分後に2周目を開始という、同じ経路を二周する計画を実行した彼らのその飛行は、1周目はデルタ・ローパス、2周目はフェニックス・ローパスに編隊を変え、エールを届けた希少な技術の結晶だった。
ブルーインパルスによる展示飛行は、航空祭以外、とりわけ東京都内となると、スポーツのビッグプロジェクトであるオリンピックなど限られたタイミングでしかお披露目されることはない。
事実、東京上空の飛行は東京オリンピック、さよなら国立に次いで3回目。しかも東京駅などの都心ど真ん中を飛んだのは今回が初めてだという。
選手や関係者、観戦者らが集う祭典に華を添えるように軽やかに舞うブルーインパルスは、選ばれしエースで成り立つ専門チームだ。
その精鋭が、今回は国民のために空を駆け抜けた。ただただ美しい光景だった。
当初の計画を変更して実現した貴重な編隊飛行
本来であれば、東京はオリンピックの開催を目前に控え、最終調整や準備に大忙しのはずだった。
その計画が延期となったのは、新型コロナウイルスの世界的感染拡大という未曾有の事態を受けてのこと。
一方、計画通りにオリンピックが開催されることになっていたら、この時期に五輪にあわせた飛行訓練を予定していたブルーインパルスだが、こちらも頓挫。
そこで生まれたのが今回の感謝飛行だ。正式公表はされていないものの、識者が口を揃え「訓練のために確保していた予算を活用し、医療従事者と国民への激励に計画変更した」と解説している。
なんとも粋な決断だと心が震えた。
今年は新型コロナウイルスの影響で、航空自衛隊の航空祭も中止となる見通しだ。なおさら昨日の編隊飛行は貴重なものだったのだとひしひしと感じる。
青い空に映える白い飛行機雲を見上げ、「ありがとう」とエール返しをおくる人々の姿。
患者のために全身全霊を注ぐ医療関係者を想い、自粛続きの民間人を励ますために飛ぶ勇姿。
「あなたのことをちゃんと見てるよ」
「あなたのことを応援してるよ」
「あなたのことが大好きだよ」
ブルーインパルスから届けられたメッセージは、多くの心に優しさを蘇らせるそれだ。
「自分はひとりじゃない」
「自分は認められてる」
「自分は愛されてる」
どんなにつらい状況でも、人はそれだけで立ち直ることができる。人が生きるためにもっとも必要なのは、人の愛だ。
そんな人間の本質に気づかせる、本当はもっと多くに感謝されるべき存在が感謝と激励を届けるために尽力するその姿勢に、いつだって自衛隊の粋が詰まっている。
世界中で羽ばたく、空軍による感謝と激励のエール
画像出典:REUTERS
空から感謝と激励が届けられたのは、実は日本だけの出来事ではない。
世界各地で、国防の最前線で日夜任務に取り組む空軍のエースパイロットによる飛行が繰り広げられているのだ。
画像出典:REUTERS
Flyovers salute frontline workers|REUTERS
ロイターが報じたニュースと、凛として羽ばたく翼をとらえた写真に、感極まった人も少なくないだろう。
世界中の大空を、国防を司る象徴が飛翔する情景。
誰かに見守られ、誰かに応援されていると知った瞬間、人の心に灯る温かで柔らかなそれは、世界中を混沌から抜け出させ、逆境に負けない強さとなる。
世界を救う、たったひとつの光に違いない。
国内でその存在を否定される自衛隊の現実を憂う
画像出典:朝日新聞デジタル
あらためて国内に目を向けてみよう。
多くが喜びの涙を流すかたわらで、非常に残念なことに、与党と野党のつばぜり合いや政治信条の表明に巻き込まれ、政争の具にされることが少なくないのが自衛隊だ。
その存在が否定されている現実を知ったとき、あなたはどう感じるだろうか。
自衛隊が人命救助にあたるそばで、政権批判の材料にしようと、「税金の無駄遣いだ!」と声高に叫ぶ心無い批判も存在する。
右だの左だのの中傷合戦に明け暮れ、人としての心が麻痺し、災害現場で活動をおこなう自衛官に「帰れ!」と罵声を浴びせることもある。
国民の総人口からすればその数は決して多いわけではないが、これまでこうした悲しい現実に胸が張り裂けそうになったことは一度や二度ではない。
それはこの国で暮らす人々の生活を支える、医療従事者をはじめとしたエッセンシャルワーカーに対する差別が横行しはじめた問題についても同じことが言える。
新型コロナウイルスを恐れるあまり、彼らからウイルスが伝染ると誤った思い込みをし、恐怖と闘いながら現場で最善を尽くす彼らや彼らの家族に理不尽な対応をおこない、いじめという名の犯罪行為に走る層が取り沙汰されている。
なんて醜悪な行為だろう。なんて情けない心だろう。
そんなに自分が偉いのだろうか?
そもそも偉いってなんだろうか?
なにひとつ意味のないマウントによる勝ち負け競争がなんの役に立つというのだろうか?
本当に偉い人とは相手を尊ぶことができる人ではないだろうか?
なぜ純粋に讃えることができないのだろうか?
人が人のために尽力するその姿に感謝と敬意を表するのは間違っていることではないはずなのに。
助けてもらっておきながら嘲笑し、蔑むみずぼらしさにやり切れなくなったこともある。人間だからこそ。
それでも力を尽くすエッセンシャルワーカーの尊さ
画像出典:国立国際医療研究センター
それでも、彼らは多くのために力を尽くす。
泣きたくなることも少なくないだろう現実に負けないようにと、自身のプライドをかけ、職務を全うしようと努める。
その心意気を素直に尊べないのだとしたら、あなたは人間として生きることを手放している。
いわれなき差別や虐待を引き起こす醜い心の持ち主は、もはや人間ではない。愚鈍な悪魔だ。
個人的に医療従事者には家族や友人知人の治療で幾度となく接する機会があり、お世話になる一方で、その奮闘ぶりを目の当たりにする人生を送ってきた。
だからこそ、彼らの凄みを熟知している。
生半可な覚悟では務まらないことを、彼らは繰り返す日々のなかで証明しているのだ。
恐怖と絶望のなかで自衛隊に救われ生きる渇望に
画像出典:朝日新聞デジタル
人知れず任務にあたる自衛隊にしてもそうだ。
ひとたび有事となれば、迅速に駆けつけ、被害を最小限に防ぎながら支援をおこなう。
スポーツ選手や格闘家といった日頃から鍛え上げている屈強な大男でもどうすることもできない惨状でも、鋭敏な感性と、類まれな才能や頭脳、技術、肉体をもって解決し、人々を希望へと導くのが彼らだ。
その存在に救われた人はひとりやふたりではない。どれだけ多くがその優しさに包まれたことだろう。
実際に被災地や災害現場で自衛官に接した人々は、誰もが自衛隊と日の丸を目にした瞬間の安堵を口にしている。
逃れようもない恐怖と絶望のなかで、生き延びたものの命を絶ってしまいたくなったとき、彼らが目の前にあらわれたことで、「自分は見捨てられていない」「生きよう」と、生きる渇望につながったという。
自衛隊は、なにも人を殺傷する組織ではない。
人々を救うために存続しているのだ。
いま必要なのは「ありがとう」と伝えあう勇気
画像出典:朝日新聞デジタル
与党だの野党だの、右だの左だの、社会的立場があるだのないだの。
わたしに言わせたら、そんな些末でくだらない主張や諍いなどどうでもいい。
紺碧の空に舞う美しい鳥たちに遭遇し、涙が止まらなくなった自分が、わたしは好きだ。
わたしには人の心があると自負している。
わたしのその涙は彼らへの愛と敬意であると、誰よりもよく知っているのはわたし自身だ。
そして都内勤務者や在住者のみならず、映像で目撃した日本中の多くが同じように涙を流していた。
本当は自分も伝えたかった感謝と激励を代わりに伝えてもらったようで、本当に自分がほしかったねぎらいを届けてもらったようで、身震いしながらその勇姿を見つめる人が多数を占めていたという。
飛行したのは航空自衛隊の精鋭だが、そこには数多の日本人の魂がともに搭乗していた。
「あなたのことをちゃんと見てるよ」
「あなたのことを応援してるよ」
「あなたのことが大好きだよ」
いま、誰もが「ありがとう」と伝えあう勇気が必要ではないだろうか。
シャイで奥手と言われる日本人だが、伝えずに後悔するくらいなら伝えたほうがずっといいと知ってほしい。
明日もきっと、心のなかで見上げるのは青空だ
画像出典:朝日新聞デジタル
医療従事者も、医療関連サービスの従業員も、公共交通機関の職員も、スーパーやドラッグストアの店員も、物流を支える配達員も、民間企業の会社員も、商店を営む店主やスタッフも、家庭を切り盛りするお母さんも、現役を引退した高齢者も、未来を担う子どもも。
それから、地方公共団体の知事や公務員も、政を取り仕切る政治家も。
そして、有事のみならず常日頃から己を律し任務に励む自衛隊員も。
みんなみんな「おつかれさま」
みんなみんな「がんばった」
みんなみんな「ありがとう」
みんなみんな「がんばろう」
それだけでいいじゃないか。それ以上なにが必要だというのだろう。
ここまでがんばってきた。
みんなおつかれさま。みんなよくがんばった。みんないつもありがとう。
まだまだ闘いは終わっていない。
みんなで負けないでいこう。みんなで一緒にがんばろう。
わたしたちの未来は、団結の先にある。
やるべきことは、身勝手に悪者や笑いものを決めて、誰かを傷つけながら群れることじゃない。
誰かの社会的立場を貶める浅はかで愚かで歪んだお遊びに興じながら、その行為で自身の地位向上や名声が得られていると馬鹿げた勘違いをすることでもない。
それを教えてくれたのは、都心の青空に描かれた感謝と激励の白ラインだ。
わたしたちが闘うべき相手は、ウイルスだけだ、と。
がんばろう、日本。がんばろう、世界。
明日もきっと、心のなかで見上げるのは青空だ。