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20代最後の目標に「働く」「ファンサービス」を掲げ、「20代の自分を刻んでおきたい」との言葉通り、精力的に映像作品への出演を続けた2018年。
映画のみならず、テレビドラマでも「半分、青い。」「義母と娘のブルース」に同時期に出演。
ヒロインを「守るために生まれた」と語る、不器用で繊細な青年を演じる一方、主人公の亡き夫を称する「ひだまり」の対比として自らを「灼熱」と表現した、やや気性の荒くナルシストなダメ男を好演。
若手筆頭格とも讃えられる演技力の高さをあらためて世に知らしめることになった。
佐藤健。
かれこれ10年近く、作品を通じて魅了されている役者である。
対極の二面性のみならず、少年性をも演じきる佐藤健の特異性
繊細な精神性。ダイナミックなアクション。ひたむきで優しい優等生。凶暴性を隠そうともしないアウトロー。
冷静と情熱。静と動。
この二面性こそ佐藤健の強みであり持ち味だ。
作品を重ねるごとに浸透したパブリックイメージでもあるが、まず振り幅の大きさに驚かされる。冒頭でも記した「半分、青い。」の萩尾律、「義母と娘のブルース」の麦田章という、同時期に真逆の役を演じたことが奇しくもこの振り幅を証明する形となった。
端正な顔立ちから見え隠れする、ある種、屈折した内面。年齢より若く見られる、やや幼さを残す面影。
思春期独特のいらだちや揺れ、ブレすらうかがわせ、「男の子」から「大人の男」へと年を重ねても変わらない男性ならではの少年性をも演じきるのは、彼が生まれ持った特異性ゆえか。
女性を中心に多くのファンを惹きつける理由のひとつともいえる。
才能への予感を確信に変えた出世作「るろうに剣心」
対極の二面性という天賦の才を基盤に、わずかな表情の変化で心の機微を表し、仕草や身のこなし、あるいはからだ全体で、その役が内包する人生観や宿命、生き様を伝える。
佐藤健はそれらを高度な次元で表現し、昇華させ、見るものの心をつかんで離さない。役者人生を歩みだしてから、わずか数年の駆け出し時代、すでにそんな予感を覚えたものだ。
その予感を確信に変えた作品がある。漫画作品の実写化の成功事例としてだけでなく、本格派アクション時代劇と称賛された「るろうに剣心」だ。
彼が演じたのは、かつて「人斬り抜刀斎」として幕末期に恐れられた伝説の剣客、緋村剣心。
同作は、のちに「不殺(ころさず)」の誓いのもと流浪人となったその主人公の新たな闘いを描いた物語である。
週刊少年ジャンプの定説を超えた緋村剣心の存在感
剣心というキャラクターは、男臭くなりがちな時代劇において明らかに異質の存在だ。
軽やかで涼やかなビジュアルに、普段はひょうひょうととぼけた人柄がクスリとした笑いをもたらし、癒やしすら与える。
ところがひとたび刀を握ると、スピード感とダイナミズムを交錯させながら縦横無尽に駆け回り、鮮やかな剣さばきとともに刹那的な様相を呈していく。
「るろうに剣心」は主人公の緋村剣心の姿を通し、両極の意外性をもって爽やかな新風を巻き起こすことに成功したといっても過言ではない。
その結果、原作者の和月伸宏氏は、連載前に「週刊少年ジャンプで歴史物は受けない」「明治時代を漫画にするにはむずかしすぎる」と編集者から制止された前評判をくつがえし、シリーズ累計発行部数6000万部以上を誇る大ヒット作品へと成長させたのだ。
10年以上の時を経て、実写化に踏み切った答えこそ佐藤健だった
ゆえに「るろうに剣心」に並々ならぬ思い入れを持つ人は多い。映像制作の現場でも同様だ。
なにしろこれまで「剣心を演じられる役者がいない」との理由から実写化が見送られ、このまま手をつけられることはないだろうと結論づけられていたほどである。
それが10年以上の時を経て、実写化に踏み切ることになった。
業界内外に「いまさら、なぜ?」の戸惑いが広がった。
その答えこそ、佐藤健だったのだ。
原作者に対する敬意なきものを受け入れる生ぬるい土壌など存在しない
漫画好きなら誰もが一度は味わったことがあるだろう、「実写化なんてしてほしくなかった」と嘆き憤る、いわゆる「原作レイプ」と揶揄される改悪の映像化。
本来、すでにイメージができあがっている漫画の実写化には、相当な覚悟と自覚、そして力量が必要だ。
原作人気だけ都合よく利用し、興行収入を見込もうなどと下衆な金勘定に走る映画会社や制作陣が世間から徹底的にスポイルされるのは、ものづくり大国であり漫画大国として名を馳せる日本だからこそ当然といえよう。
なぜなら、その作品を生み出した原作者に対する敬意なきものを受け入れる生ぬるい土壌など存在しないからだ。
それはクリエイティビティへの尊敬の念から沸き起こる熱い感情だろう。
その瞬間、感嘆の声が漏れた「やっと剣心が見つかった」の賛辞
繰り返すが、「るろうに剣心」はそうした強い想いを持つ固定ファンを数多く抱える作品だ。
では、結果どうだったのだろうか。
佐藤健が主人公・緋村剣心を演じた実写映画「るろうに剣心」は、第1作「るろうに剣心」、第2作「同 京都大火編」、第3作「同 伝説の最期編」のシリーズ3作で累計興行収入125億円を突破。
とりわけ原作ファンの評価が極めて高かったことは特筆すべき快挙といっていいだろう。
このもっとも大きな理由が、佐藤健である。
待ち構えた多くの目に映し出されたのは、「佐藤健が演じる緋村剣心」ではない。「緋村剣心」そのものだったからだ。
時代劇というジャンルに意外性をもって爽やかな新風を巻き起こすことに成功した緋村剣心というキャラクターは、佐藤健でなければ体現することはできなかったと断言していい。
その意外性は、先述の、彼が生まれ持った特異性にリンクする。「緋村剣心を演じるために備わっていたのではないか?」と錯覚すら起こさせるものだ。
各方面から「やっと剣心が見つかった」と感嘆の声が漏れたのは、彼に対する賛辞に他ならない。
斬り合いの凄みを表現した、壮絶な闘いの前に訪れる静寂
「同化」と呼んでも差し支えないレベルで緋村剣心を体現した魅力についても紐解いてみよう。
映画版「るろうに剣心」に魅せられた人間が佐藤健の緋村剣心の魅力を語るとき、その着眼点は人によってさまざまではないだろうか。
10人いれば10通りの「佐藤健=緋村剣心の素晴らしさ」があるだろうが、あえてそのなかで個人的な本音を吐露するなら、「“静寂”に感服した」とつづっておきたい。
同作の真骨頂とも呼べる斬り合いの凄みだが、それを表現したのは激しいアクションシーンだけではない。
確かに劇場公開時から大きな話題を生み、日本映画の常識をくつがえした迫力で魅せるワイヤーアクションを取り入れた超人的なスタントは、同作の肝といえるだろう。
それでも、あえて言いたい。
彼が演じた剣心に魅せられるのは、むしろその前に描かれる静寂だ。
固唾をのんで見守るなか、これから起こる壮絶な闘いをうかがわせる一瞬のそれは、佐藤健から立ちのぼる気によって成り立っていた。ピリピリともゾクゾクとも異なる独特の世界観は、間違いなく彼でなければ成し得なかったのだ。
「龍馬伝」岡田以蔵、「るろうに剣心」緋村剣心を演じわけた力量
「るろうに剣心」が完成する2年前に出演した大河ドラマ「龍馬伝」で、奇しくも同じ人斬りとして幕末に存在した岡田以蔵を演じていたことも、佐藤健の類まれな演技力に太鼓判を押す形となった。
当時、「とんでもない役者が出てきた」と息をのんだことをいまだによく覚えている。
同作は一躍彼の名を知らしめた運命的な作品だが、そのなかで見せた岡田以蔵としての殺陣は緋村剣心とは似て非なるものだった。
決定的な違いは、両者の「背中」だ。
人生観や宿命を漂わせる、以蔵の背中、剣心の背中。
なんとも言えない哀しみをたたえたそれは、それでもやはり似て非なるものである。
人斬りとしての過去、逃れようのないさだめを背負った岡田以蔵と緋村剣心。
ともすれば似通いかねない両者を演じわける確固たる力量を持った役者であることを、彼は自らの力ですべてに納得させたのだ。
「佐藤健をスターにするつもりで『るろうに剣心』をつくった」
その「龍馬伝」「るろうに剣心」がともに大友啓史監督の手がけた作品であることも興味深い。
NHK職員時代の2007年、当時の金融ショックを反映した社会派ドラマ「ハゲタカ」で、世間のみならずドラマ界に大きな衝撃をもたらしたのが、ほかならぬ大友啓史である。
その彼をして、「佐藤健をスターにするつもりで『るろうに剣心』をつくった」とまで言わしめたのは、役者としてなによりの栄誉ではないだろうか。
なにしろ「るろうに剣心」を制作するためにNHKを退職し、勝負をかけていたほどなのだ。つまり、佐藤健と心中する覚悟で。
生半可な姿勢の役者では尻込みしてしまう大役は、監督自ら指名し、惚れ込んだ彼でなければ担えなかったことは想像に難くない。
挑戦は続いていくだろう、あらゆる常識をくつがえしていくように
以降、佐藤健は躍進を続け、数々の作品で異なる表情を見せている。役柄が憑依したかの迫真の演技で魅せる憑依型俳優として絶賛されていることは言うまでもない。
とはいえ、佐藤健は過小評価されていると感じる。
小奇麗な顔立ちに、スラリとしたルックス。ゆえに、「カッコイイ俳優」が「カッコイイ役柄」を演じている。そう判断している人がいまだに存在するのは残念ながら事実だ。
だからこそ、伝えたいのだ。
「るろうに剣心」で予感が確信に変わった佐藤健のあふれんばかりの才能は、稀有な役者が持つそれだ。彼のポテンシャルを決して見誤らないでほしい、と。
佐藤健の挑戦はこれからも続いていくだろう。魂と感情がぶつかり合い、あらゆる常識をくつがえしていくように。
どうかその姿をしっかりと目に焼き付けてほしいと願ってやまない。