佐藤健ファンとの交流にみる、愛情でネタにしてイジる境界線の見極め方

TBS系列「義母と娘のブルース」麦田章役の佐藤健

「本日のタイトルは一体なにごと?!wwww」

耳を澄ませなくても、わたしの回りから確実にそんな声が聞こえてきます。毎日楽しげなテンションとともに。

本日は、個人的にある悩みを相談されたことをきっかけに、周囲と話し合った結果、「ブログで共有しておいたほうがいい」の答えに行き着いたお話です。

その悩みというのが、インターネットが発達し、SNSを日常的に使用する層が増えた影響で、誰もが一度や二度は経験したことがあるだろう、もしくは今後見舞われる可能性が高い類いのトラブルだったから。

先に宣言しておきますが、わたしの周囲だと佐藤健くんファンが例にあげやすいだけであって、彼以外の芸能人やスポーツ選手などのファン同士でも起こり得ることであり、もっと言えばファンでなくても発生します。

ということで、佐藤健氏は関係ないですからね!

……………ここまでわざわざ追記しなければ無意味な揚げ足を取られ疲弊させられる危険性が高いネット社会にポイズン……………(オマエは反町隆史か)。

わたし、田中にとってコミュニケーション論とは

TBS系列「義母と娘のブルース」麦田章役の佐藤健・宮本亜希子役の綾瀬はるか・宮本みゆき役の上白石萌歌

まず最初に、結論から簡潔に述べます。「わたし、田中にとってネタにしてイジるコミュニケーション論」とはこちら。

田中のコミュニケーション論

  • わずかながらでも相手が嫌がっていたらネタでもイジりでもない。それはもはやいじめである。
  • 誰かをイジる際には細心の注意をはらうと同時に、自分を上位に、あるいは良く見せたい自己顕示欲ではなく自然な感情が基盤である。
  • 特に年齢や立場が上の者が下の者に行う際には、さらに細心の注意をはらわなければいけないと肝に銘じるべきである。
  • なによりたいせつなのは、その相手のことを愛しているという優しい想いがベースである。
  • どれだけ相手が喜んでいようが、相手をイジる際にはさらに自分自身をイジり茶化すのが鉄則である。

これがわたしの基本的な考え方やスタンスです。この信念を貫き通し生きてきました。

TBS系列「義母と娘のブルース」麦田章役の佐藤健

今回悩みを持ちかけてきた友人は、わたしの周囲で毎日テンションが高すぎる愉快な……あ、いやいや……チャーミングで面白い佐藤健ファンのひとりです。

悩みの発端や内容はこちら。

今回のお悩み相談と事の顛末

  • SNSで佐藤健ファン以外の子にしつこくdisられるのが苦痛。
  • 曰く「遠い存在に没頭して熱を上げるなんてキモい」「理解できないし自分より下の存在としか思えないから馬鹿にして当然」が理由。
  • やめてくれと訴えてもしつこく、行為がエスカレートしたためブロックしても、アカウントを変え粘着されていた。
  • 相談を受けたわたし(田中)が効果的な手段として匿名で間接的に入り、追い払うことに成功(個人のプライバシーに関わるため詳細は伏せます)。

「本気でブチ切れたあんたになにかを守るためのケンカさせたらマジで敵いないわーww完璧な守護神だなww」

と大爆笑が止まらなくなった友人どもよ……オマイラ覚えとけよ……(脅しはやめなさい)。

冗談さておき、これが今回の背景です。

もちろんブログへの掲載許可は取っています。むしろ「共有することで同じ悩みを持つ人が減ってほしい」との切実な願いを尊重し、取り上げることに決めました。

異性ファンを多く抱える人物の周囲に発生する揉め事

佐藤健

今回の一件で「そんな現実が広がっているのか……」と驚いたのは、主に特定の芸能人のファンに対する嫌悪感を増幅させる人間が少なくなく、あろうことか攻撃に走る一定層も存在すること。

特定の芸能人とは、性別や、役者やアイドルといった職種は問わず。

ただ、傾向として異性ファンを多く抱える人物の周囲に発生しやすいんだな、と話を聞かされ感じています。

被害を被らされたり迷惑をかけられたわけでもないのに、たかだか「自分とは考えや生き方が違うから」というだけで悪感情で当たり散らす……。

どんだけ視野が狭くてさもしいのよ、あんたの人生(言葉を慎みましょう)。

違うことを嫌悪や恐れて、お互いのプラスになる?

TBS系列「義母と娘のブルース」麦田章役の佐藤健

このブログでも何度か繰り返してきましたが、わたし自身は遠い存在に熱狂的になることがなく、才能に惚れ込み冷静に応援しているタイプです。

かといって、身近な異性に恋するように熱を上げる人たちに嫌な想いを抱くこともなく、とりわけ佐藤健くんのファンに対しては「オマイラわたしの人生変えやがったw」とクレームをつけるほど意気投合しています。詳細はこちらをどうぞ!

TBS系列「義母と娘のブルース」宮本亜希子役の綾瀬はるか「義母と娘のブルース」2020年謹賀新年スペシャルで“ぎぼむす”再び

周囲に迷惑をかけなければ個人の自由であり、異なる想いや生き方の人間同士こそ、仲良くなったら最高に面白い。

これがわたしの基本的な人生観です。この生き方を貫き通してきたことで、仕事では対人折衝が最終的なすべての鍵を握る現場で成果をあげ、プライベートではバラエティ豊かな交友関係に支えられてきました。

そもそも人はひとりずつ違います。であるならば、違うことを嫌悪、あるいは恐れて、なにがお互いのプラスになるのでしょうか?

インターネットの功罪は裁判官気取りの増加

白石和彌監督作品「ひとよ」稲村雄二役の佐藤健

前述の、違うことを嫌悪、あるいは恐れて、お互いのプラスにならない暴走を繰り返す現象が蔓延したのは、インターネットで無駄に強気になる日本人特有の悪癖が大きく関係しているのかもしれません。

インターネットが普及した功罪は、無関係な他者の人生に安易に口出しする、歪んだ裁判官気取りのなんちゃって有能さんが増えたこと。

批判や批評を繰り返し、SNSやヤフー、5ちゃんねるなどで同調し徒党を組みながら攻撃することで、「オレ・あたしって優秀だから物申しちゃうもんね♡」とのお恥ずかしい勘違いを加速させる。

厄介かつ理解不能なのは、なにも匿名の一般人に限らないということ。そう、芸能人やスポーツ選手といった準公人まで恥ずかしげもなくやらかすのが現実です。

その結果、立場を問わずいつまで経っても己の人生というリアルな世界で成果をあげられず、さらに嫉妬や僻み、自己顕示欲や承認欲求の沼から抜け出せなくなる哀れな転落ぶり。

……………と、言い換えれば足りない脳みそでもちょっとは理解できるかなあ?そこのきみたち(言葉を慎みましょう2回目)。

おうよ、はっきり言おう……オマエはストーカーか(本日も直球でお届けしています)。

今回の友人のSNS投稿も知っていますが、わたしに言わせたらどこまでも可愛らしい内容です。

ファン同士で交流し、佐藤健を熱く語り合う……これこそSNSでのポジティブな在り方のひとつじゃないですか。

にもかかわらず、理解できないからと攻撃をしかけ、己の意のままにコントロールを試みたり、考えが異なるからとしつこく脅かす行為を繰り返す……。

控えめに言ってお馬鹿さんですね(本日も直球でお届けしています2回目)。

悪質行為や軽はずみを「イジっただけ」は論外

映画「ひとよ」の白石和彌監督・佐藤健・鈴木亮平・松岡茉優

さて、この荒らし行為で大暴走を起こした人々ですが、いかにその言動や行動が悪質であるかを冷静に諭した際に「イジっただけ」との言い訳をぶちかましました。

逃げの一手であるだろうとは感じたものの、面食らうとはまさにこのこと。

そして、こうした開き直り的な感覚を持つ人間が思った以上に少なくないらしい芸能界ファン事情も知らされ、「どんだけコミュ障やひとりよがりが多いのよ」と白目をむいたわたしです。

ここで冒頭の「わたし、田中にとってネタにしてイジるコミュニケーション論」を思い出してください。

イジるって、相手への愛情があってこそ成り立つ行為じゃないんですか?

相手が嫌がっているのにやめないのは、イジりじゃなくていじめや悪質な嫌がらせでしょう?

そもそも、コミュニケーションとは双方向で成り立つものでは?

なんていうか……話芸がいっさいなく、事務所のちからや大物への媚売り・太鼓持ちで業界にしがみついているに過ぎないのに、大きな顔と声ででしゃばり悪態をつく“いじめ芸”のみの芸人もどきさんみたいだなあ……と。

もちろん、タイトルで「見極め方」と記したものの、自分の理論や考え方、スタンスが正しいと宣言する気はいっさいないし、人間同士の関係性において正解は存在しません。

あえて言うのであれば、相手と顔を見合わせながら、ネット上などで顔を合わせることもない間柄の場合は思いやりあいながら、お互いで見つけていくのが正解ではないでしょうか。

なので、もうどうしよう……あらゆる意味で軽くカルチャーショックを受けました。なんだその散々嫌がらせを繰り返した挙げ句、「イジっただけ」などという病的な理論は(笑)。

相手をプラスにする方向性でなければ書かない鉄則

佐藤健

さておき、わたしのなかでは冒頭の「ネタにしてイジるコミュニケーション論」が確立されているため、基本的に相手をプラスにする方向性でなければブログも書きません。

たとえば、散々ネタにしている、佐藤健ファンの熱苦しさ。これ、彼女たちとの会話から生まれたものです。

「ごめん!うちら毎日毎日熱すぎるよねw」
「熱すぎるんじゃなく、もはや熱苦しいわ……ww」

こんなやりとりが発端(笑)。

で、ブログでイジるようになり、イジられるたびになぜか狂喜乱舞する彼女たちを眺めつつ、「健ファンの熱さハンパなさすぎワロタ」。

どのくらい熱いかと言うと……彼女たちが日頃からわたしにどんなメッセージを送っているのか、わずか1時間でいい、試しに代わって体感してみてください。

千手観音状態での交流に慣れていない普通の人間だと、間違いなく1時間もたないからww(そのくらい四方八方からものすごい量のメッセが飛んでくるカオス状態……)

だからと言って、関係性がない健くんファンに同じイジり方はしないし、同様の接し方はしません。一般的に対しています。いや、人付き合いのマナーでしょう?(笑)

つまり、そういうことなんですよ。わたしにとってコミュニケーションとは、“相手あってのもの”という理念が明確なので、距離感も考えずに対応することはありません。

加えて、題材として健くんなどの準公人を取り上げる際のスタンスもはっきりしています。「好き勝手に書いて構わない」なんて、わたしに言わせたら邪道だしありえないです。

これに関しては、以前明言したこちらの投稿をどうぞ!

「LINEマンガ公式ブログ」掲載の佐藤健いまだから明かす、水面下で起こった佐藤健ファン“もどき”との意味不明な大バトル

取捨選択がはっきりしているのは人を大事にするため

佐藤健

こうしたベースや、真っ当な配慮をしながらという大前提があった上で、ブログは好きに書いています。

ただし、どれだけ配慮をしようが伝わらない相手には一生伝わらないしわかりあえない、というある種、冷徹とも言えるかもしれない理念も同時に備えているのがわたしです。

関係性がまったくない佐藤健くんファンがこのブログを目にしたら、なかには“熱苦しい”という単語にだけフォーカスし、気分を害する人がいるかもしれない。

でも、申し訳ないけれど、その意見が真っ当であれば多少の表現調整などを行うことがあったとしても、書くこと自体はわたしは絶対にやめません。

気分を害させたことはごめん!ですが、わたしにとって佐藤健くんを書くことや、わたしが書いた「題材:佐藤健」を喜んでくださる多くの人たちが最優先だからです。

今回書きつづったように徹底していても、エクスキューズし、全方位に(気持ち悪い)配慮(もどき)をしながらなにかを発しなくてはいけないのであれば……断言します、それは人間ではない。

もしかすると、ロボットやAIにも不可能な芸当かもしれません。

なぜなら、善良なマジョリティの仮面をかぶったに過ぎない、実のところ不寛容の塊で自己顕示欲や嫉妬などのネガティブだらけの人間を基準に配慮(もどき)をすることは、豊かな交友関係に不利益を与える結果になるだけだから。

そういう意味で、わたしは取捨選択がはっきりしている人間なのです。

我が身を挺してでも守りたい、守るべき人間が最優先

Docomoの発表会でのイメージキャラクター・佐藤健

一度、自分の胸に手をあてて、考えてみてください。

もしあなたなら、常にポジティブな交流が成り立ち、お互い相乗効果で歩んでいる関係に歪みを生じさせてまで、自分自身のあらゆるすべてに揚げ足取りや嫌がらせといったマイナス感情で接してくる人間を優先しますか?

悪いけれど、わたしには無理です。はなから答えはわかりきっています。

我が身を挺してでも守りたい、守るべき人間を選ぶのは、わたしに言わせたら当然です。それだけたいせつにしている関係性だから。

その結果、“冷たい人間”といったレッテル貼りをされようが、悪態をつかれようが、知ったこっちゃない。

相手の人生になにも責任を持たず無責任なくせに、自分の欲求をぶつけ、相手を意のままに操りたいだけの存在に無理やり合わせることが、温かいとも優しいとも思いません。

とりわけ、それがある程度の社会的立場を有する人間の行いであれば、むしろその瞬間、軽蔑かつ失笑するのがわたしです。

「人を愛するということがどういうものか、まったく理解していない幼稚な人なんだなー」と。

SNSマウント病を讃える権威主義的パーソナリティ

大友啓史監督作品「るろうに剣心最終章」クランクアップ時の緋村剣心役佐藤健と大友啓史監督

そんなわけで、信念とも呼べるコミュニケーションを確立しているからか、昨今の芸能人やスポーツ選手といった(知性が足りず幼稚な)準公人がやらかすSNSマウントを鼻で笑っているのもわたしあるある。

まともな人間なら、己が落ちぶれるだけでなく、あれだけ無知性で無秩序な暴走を繰り返し、他者の人生を平気で毀損させようと試みる愚かで軽率な行為は下劣と判断できるから。

彼らの発信は、それはそれはお偉いお立場がある崇高なものかもしれませんが、権威やブランドに左右され、自らの目や生き様をもって本質を判断することができない人間たちを騙しているに過ぎません。

簡単に右往左往し騙される人間が陥っている精神状態を言い換えると、権威主義的パーソナリティです。まず現実を知ったほうがいい。こちらをどうぞ。

木下優樹菜氏がやらかした悪事と変わらない現実

白石和彌監督作品「ひとよ」クランクアップ時の佐藤健・鈴木亮平・松岡茉優・田中裕子

「この人らにとって、たかだか己の欲望ごときで他者の社会的立場を貶め、暴行や薬物をやったとしてもあほヅラ晒してマンセーし、自分の悪事に目をつぶり被害者をバッシングする奴隷になってくれるなんてチョロいだろーなー」

そう冷ややかに見ています。

「ペットや道具、奴隷扱いされて喜べるなんて、あなたの人生なんなの?生きるうえで人間としてのプライドないの?国際化を語るくせにいつまで経っても風見鶏人生を送るあなたのような日本人が海外から過小評価される原因になってるんだよ」

こうも判断しています。

だから木下優樹菜氏の、自分たちに有利になるよう都合のよい嘘で塗り固めた幼稚かつ悪質な暴走に加担し、一般人家族の店舗にファンという名の信者として集団攻撃をしかけるお馬鹿さんに成り下がるんじゃないんですか?

“虎の威を借る狐”って知ってます?“強者が弱者を攻撃する後ろから一緒になって攻撃するしか能がないド畜生の外道”と言い換えてもいいかも。加えて、共犯犯罪幇助でもある。

その生き方、最高にダッサイですよね。

テレビ東京系列「きのう何食べた?」のシロさんこと筧史朗役の西島秀俊・ケンジこと矢吹賢二役の内野聖陽シロさんケンジが帰ってきた「きのう何食べた?正月スペシャル2020」

で、わたしに言わせたら、上記投稿で指摘したイイ女ぶっただけの女優もどきさんらがしつこく繰り広げている、いじめ首謀者や毒親と等しいゴッコ遊びも、木下優樹菜氏がやらかした悪事となんら変わりありません。

参考 “タピオカ店恫喝炎上”木下優樹菜 夫・フジモンと実母の3人で店長自宅へ謝罪に行ったが……文春オンライン 参考 木下優樹菜 タピオカ店騒動で活動自粛も…謝罪のたびに非難殺到WEB女性自身

教祖も信者もそろって、死ぬほどダッセぇなあ。

……………あ!うっかり本音が!(「オマエはいつも本音だろうが」というツッコミはいっさい聞こえないものとします)

“ぎぼむす”の亜希子さんが多くの賛同を得る本質

TBS系列「義母と娘のブルース 2020年謹賀新年スペシャル」制作発表会見時の綾瀬はるか・上白石萌歌・竹野内豊・佐藤健・井之脇海

本日の最後に。

わたしが“ぎぼむす”こと「義母と娘のブルース」の主人公・宮本亜希子さんの言動や行動に共感する場面が少なくないのは、自分自身にも似たところがあるからかもしれません。

漫画のキャラクターの彼女は、かなりデフォルメされたパーソナリティではあるものの、本放送・スペシャルを通じて大きな賛同の輪を生んだのは、実は多くがわたしと同じように「わかる」と実感できる本質で生きているからでは?

人を愛するという意味すら知らない、ネット社会の自己顕示欲と承認欲求のお化けさんたち、一度「義母と娘のブルース」観てみたらどうでしょうね(笑)。

おすすめですよー(痛烈な皮肉で締めるこの性分をいい加減どうにかしたい)。