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かーぷっかーぷっかーぷっひろっしまっっひぃろしぃ〜まぁ〜あか〜あ〜ぷぅ〜〜
……………などとごきげん極まりなく広島カープ特集を繰り広げていたあの日、あの時、あの瞬間。あれ?今日は何月?何日?(現実逃避はやめなさい)
冗談さておき。現実逃避どころか、あいもかわらずリアリスト街道ど真ん中を突っ走るたなかさん、現実の世界で黙々と生きておりました。ええ、生きてます。やたらと元気に(やっぱりあいもかわらず)。
本日は久しぶりに、年にわずか数回だけ使用する自分の写真とともに、恒例の元日投稿代わりの更新として近況や心境を語るの巻。
怒涛の年末進行で実感した「ありがたい」という変わらぬ想い
昨年11月頃から、おかげさまで年末進行で仕事が詰まりまくり、「いまが昼か夜かちょっとよくわからない」毎日を過ごしていました。年末時期の恒例とはいえ、昨年から今年1月にかけていつも以上のスケジュールだったのが正直なところ。
自営業として働きだし、なんだかんだで4年が経過。日々感じることは「仕事があることはありがたい」。これは企業勤務時代からまったく変わらず強く胸の内にある感覚ですが、自営業になったことでなおさらそう実感しています。
と同時に、昨年は、企業そのものの質や、人間としての人となりをあらためて冷ややかに眺める事態がいくつか発生しました。あえて記すことではないので、もちろん詳細は控えます。
そのうえで、「金を払っていればなんでも許される」「その時々で態度や対応をコロコロと変え、手のひら返しが常套手段」「相手の評判を落とすために、わざと理不尽極まりない酷評をぶつけたり流布する」人間や企業とはいっさい関わる気はない、ということ。
根底にある父の教え「仕事人である前に人間として真っ当に生きる」
その根底に存在するのは、物心がつくかつかないかの幼少期から「仕事人である前に人間として真っ当に生きなさい」という教えを娘に授け、言葉巧みに語るよりなにより、自身の身ですべて実践し、背中を見せてくれた我が父。
学生時代は周囲の友人が本気でうらやましかったほど、「社会に出て恥をかかないように」「真っ当な社会人として自立して生きていけるように」との想いから、とんでもなく厳しかった。だけど、厳しい以上に誰よりも大きな愛情で優しく包み、懸命に育てあげてくれたのが父です。
「人は簡単に裏切るものではない。人は愛情と信頼を育みあってなんぼ」。そして「頭と人間性の悪い人間はズルくてせこい生き方しかできない」「頭と人間性の格は有名無名に左右されるものではない」ということも、言葉よりなにより、父の姿から学びました。
おかげさまで、この年になってなお、いや、この年だからこそなおさら、父の教えが生きているし、父の存在はわたしにとって誇り。わたしの命が尽きるその日まで、まったく変わらない想いです。
SNSなどでマウントで演じあう頭のおかしい病んだあほなノリ(正直すぎる)が蔓延していますが、たとえば著名人だろうが我が父を気取り演じられようものなら、その相手を一発で嫌う自信があるほど、下町のタイル職人の父を尊敬しています。
「たかだかSNSのマウントに酔いしれてやめられない、大迷惑巻き散らかすしか能がない中毒患者の虚飾人間ごときが軽々しく演じられる存在じゃないんだよ。その時点で違う」という本音をダダ漏れさせておこう(やめなさい)。
SNSマウント中毒を鼻で笑う三大クライアントとの関係性
SNSでのマウンティング、別名:ゴッコ遊びを鼻で笑う余裕をもってしっかりと生きることを信条とするわたしと友人知人にとって、こうしたスタンスを貫くのは「溺れるヤツは仕事にも支障をきたす」から。
仕事上のやりとりや対応、関係性に、SNSゴッコ遊びのノリや脚色、理不尽極まりない酷評や噂といった、本人への確認も無く流布されたものに惑わされ、乗っかり、右往左往してモロバレする弱さが透けて見えます。この見方も以前からいっさい変わらず。
真っ当な人間は「そんなものに惑わされ、相手への態度を変える人間は、いっさいの信用がないと見下される」と判断します。つまり、そういう視点がない。子どもがそのまま大人になったに過ぎません。中身はスネ夫やネズミ男のクソガキです。
ちなみに、わたしにとって「三大クライアント」と称する、長年懇意にしている取引先のひとつ、山王パパさんママさんと呼ぶご夫婦がいるのですが、彼らは外資系メディアという超ハードな現場出身。日本のメディアや編集の悪癖をもっともよく知る人たちです。
たとえるなら、イビチャ・オシムとアマル夫人によく似たご夫婦。厳格ながらもチャーミングなご主人と、そんなご主人が「頭があがらない」と心から愛する、頭がよく、おおらかでキュートな奥さん。
あの日、イビチャ・オシムは本物の美をまとい力強く生還した。【このこえがきこえますか】on sakura+web
前職で彼らの担当者だったわたしの能力と人柄を見初めてくれて、職が変わる際、真っ先に依頼をくれた人たち。オシム同様、病に倒れたご主人は、そんな大変なときにすらわたしの仕事にまで気を配ってくれました。
わたしにとって大恩人であり、守秘義務契約の関係上、開示できないとはいえ、彼らとの仕事は「これ、本当にあなたが手がけたもの?!」と周囲が驚きで二の句が継げなくなるほど、先鋭的で挑戦心にあふれたものばかり。
誰よりもわたしを評価してくれた人たちとは、まったく変わらずどころか、ますます新たな可能性でスキルを磨けるステージへ突き進んでいます。そんな彼らは「人間としてシンプルなやりとりができる人たちと仕事をしなさい」と繰り返します。同感です。
三大クライアントのふたつ目は、山王パパさんママさんから紹介していただいた建築業界の企業さん。最後のひとつは、長年の戦友でもある、はやちゃんと呼ぶ仲間。ユルゲン・クロップに似ていると紹介した彼です。
共通項は「お互いに先鋭的で挑戦心に満ちた仕事ができる」「まったくブレない」「お互いの能力や可能性を引き出しあえて、前向きに成長して結果を出し続けられる関係性」であること。そして「お互いに大好き」「SNSゴッコ遊びの馬鹿げた風潮を毛嫌いしている」こと。
彼らとの仕事は、愛情と信頼で包まれています。これこそ「デジタル化の世の中でも、携わるのはすべて生身の人間」との理念をもつお互いにとって最高の関係性です。
そこまでの愛情と信頼関係は稀なのでちょっと別として、シンプルに普通にやりとりしながら、確実に結果を出していきたいと願う人たちと仕事をしていきたい気持ちに変わりはありません。
営業領域の最前線で生き続けてきたわたしにあえて言わせると、確実に結果を出したいのであればシンプルに普通にやりとりをしてほしい、というのが本音です。ブレたりスネ夫やネズミ男になりがちな人や企業は、結果を出したくないとしか思えないから。
数字という結果は正義ではないし、信頼関係も数字ではかれるものではない。だけど、数字は正直です。そして、信頼関係で結ばれた同士は、必ず確固たる数字をあげます。経験上、わたしはそれをよく知っている。
これが、メディア畑、編集畑のみで生きてきた人や、スネ夫やネズミ男には、どうやっても肌感覚でわからないことです。一生。
さらに精神衛生状態がよろしくなったSNSの断捨離
ここまで「SNSマウント中毒」「SNS大迷惑撒き散らかし」に嫌悪感を示すのみならず、いっさい無関心で「わたしの人生に一生無関係」状態なのは、SNS病さんたちの人間としての限界をはっきりと感じたからです。
「ああ、この人たち、もうどうしようもないんだな。不治の病ってやつだ」と。で、こちらとしては「あなた方は信用できる生き物ではない。一生」とあらためて示しておきたかった。なので、あえて記しています。
前述の通り、昨年11月頃からの怒涛の年末進行があり、実はもともと熱心ではなかったSNSをまったく見ない毎日を過ごしていました。理由は、そんな時間が取れないことに加え、わたしにとっていっさい必要ないから。
投稿する際のみにタイムラインを閲覧するInstagramくらいで、Twitter、Facebookはわたしのなかで存在しないものと化すことに。本当にまったく見ていませんでした。もちろん、いまも。
これが大当たり。さらに精神衛生状態がよろしくなったという大ラッキー(笑)。「やっぱりわたしのなかでは意味のないものだったんだな」と実感しました。
たとえどれだけ「SNSやってなんぼ」という世の中にしたかろうが、自分のなかでの取捨選択基準や人生観をしっかりと確立し、「人は大事にしてなんぼ」が信条の人間に、儲け話や流行をベースにした詭弁はいっさい響きません。
それよりもっとたいせつなことがある。たいせつなモノやコトをたいせつにできず、やりたい放題の気持ち悪い人間が存在する現代社会において、そうした方々の思惑を見抜けないほど、こちとらぬるい人生生きてきちゃいない(笑)。
「自分がよければそれでいい」とは生きられない真っ直ぐな同士
本日の最後に、普段語らないことにも触れておきます。
友人知人にはいっさいいませんが、他者の恋愛事情を無駄に気にする人っていますよね。他者の人生を自分勝手に酒のツマミや3時のおやつにしちゃうくせに、自分のことは盛大に棚上げする大迷惑さん(笑)。
最近「なんでパートナーがいるのに、頻繁に会おうとしないの?本当はうまくいっていないか、別れたんじゃない?」と斜め上からボールを投げつけてきた知人もどきがいて、久々に目が点状態で笑いました。
一言。いつ会っているかすらも知らないくせに、大きなお世話(正論すぎる)。
こういう人に限って、SNSでカップルアカウントつくっちゃったり、痛々しい公開イチャイチャやポエムを垂れ流し、教祖よろしく自分の世界の他者へのゴリ押しを繰り返し、世界中から愛されているエセ人気者の錯覚に陥る。
有名人にも少なくないですが、常套手段は「海外ナイズされているから」「海外セレブと同じ」ってさ、あんた日本人だろうが(笑)。ついでに言うなら、海外セレブの痛々しさも大して支持されてないっつーの。公開してどうすんだ露出狂。めんどくさい価値観を他者に押しつけんなボケェ。
……………あっ!しまったっ!うっかり本音がっ!!(だからやめなさい)
そんなわけで、変わらずほのぼのと暮らしています。お互いバツイチの独身。結婚当時、配偶者の悪癖や意味のわからん不貞による信頼関係崩壊という苦い経験も負った同士。見せびらかさないと息ができない領域はとうに超えているし、もともとそういう人間でもありません。
パートナーとの関係性に、相手を傷つける嘘やプライド、スリルやずるさはいっさい必要ない。もちろん、他者への無駄な喧伝も。あるのは、お互いを思いやる心だけでいい。
「自分がよければそれでいい」とは生きられない真っ直ぐな同士だからこそ、絆が変わらないんだな、と感じています。彼にとって彼女であるわたしが、わたしにとって彼が、心から笑える毎日がある。
わたしたちにとってはそれで十分であり、お互いにとってもっともたいせつなそれがあるからこそ、飽きることなど知らない愛情もずっと変わりません。
ということで、今年もすでに1ヶ月経過。みなさん、人に優しく、自分に優しく、楽しくいきまっしょい。