【日本経済新聞】広島カープ、セ・リーグ連覇!苦悩と葛藤を乗り越え到達した頂点から見る絶景

怒涛の毎日を過ごしていたため、少し間が空いてしまいましたが、経営陣のサイドストーリーに続き“白熱の現場の裏側編”、そして“選手にスポット編”で「祝!広島カープセ・リーグ連覇おすすめ記事特集」を締めます。

いやーこのままエンドレスで続けてもいいんですがー(やめなさい)。

さておき、まず最初に“白熱の現場の裏側編”から!今回は広島カープ連覇の軌跡を追った記事をご紹介します。

苦悩。葛藤。そんななかで乗り越えながら到達した優勝の頂き。その裏には、今年の広島カープならではのドラマが存在しました。

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【日本経済新聞】群抜く攻撃力 なお未完 広島連覇の軌跡(上)

鈴木もがきながら核に

 2年連続で、広島は2位に10ゲーム以上の大差をつけ、リーグ優勝のゴールを切った。球団として37年ぶりとなる連覇。黄金時代の幕開けとなるのか。

 「2年続けて完璧なチームだった。広島を相手に守っているときは決して目を閉じてはいけない。まばたきの間に3点くらいは入っているかもしれないから」

 リーグのなかで、かろうじて広島と互角の対戦成績を残したDeNA・ラミレス監督のコメントを引くだけで、強さを表現するには足りるだろう。負けていても、びびった相手投手から四球の一つも得ようものなら、そこから一気に攻め込みひっくり返す。ほぼ全員が走れるという機動力と相まって、断トツの得点力を発揮した。

 終盤離脱したものの、核になったのは5年目の鈴木だったといえる。4番定着は時間の問題とみられたが、緒方監督はシーズン前、新井、松山を含めた3人を「候補」とし、慎重に事を運んだ。4番という打順もかつてほど重いものではなくなったとはいえ、抜てきした途端に打てなくなる打者は少なくない。

 だが、心配無用だった。初めて4番に座った4月11日の巨人戦。4番を務めていた新井が2安打を放ったあとの試合で、やりづらかったはず。それでも5打数3安打2打点。広島はこの試合を挟んで10連勝、開幕ダッシュに成功した。

 しばらくは新井がベンチスタートのときに4番を務めたが、4月29日から新井が先発しても任されるようになった。8月23日のDeNA戦で大けがをするまで、チームを引っ張った。

 長いシーズン、順風満帆だったわけではない。打撃フォームは常に試行錯誤。左脚を上げないノーステップ打法を試したこともあった。

 不調打開のためでもあったが、鈴木自身があえて求めた試練でもあった。今季の自主トレで、昨年の打撃は忘れた、と語っている。「一からつくろう、と。去年どう打っていたのかわからないし、振り返らない。体も変わってきているし、今年は今年の打ち方がある」

 まだまだ技術の裏付けという確信が得られていない。加えて、師匠として自主トレをともにこなすソフトバンク・内川が、連続して3割を打ち続けていたときでも、フォームを変え続けたことにも影響を受け、より厳しい道を選んだ。

 理想を求め、日々もがきながら、4番という打順に向き合う。そんな姿を、緒方監督は「こういう厳しいシーズンの経験が成長につながる。順調にいくだけでは筋金は入らない。厳しい思いをしながらやれればいい」と静かに見守った。

 これからも打撃に完成はなく、未完であり続けるだろう。だが、そこにこそ若い広島の強さがある。鈴木や西川、バティスタら、未完の人たちが変化しながら発するエネルギーが、ラミレス監督も脱帽するチームとしての完璧さをもたらした。

引用:日本経済新聞

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チーム優先 献身の投球 広島連覇の軌跡(下)

ローテの柱、野村の覚悟

 1979、80年と連覇を果たした広島の先発陣の軸は池谷、北別府、山根、福士といったところだった。抑えに江夏が控え、投手の分業制が定着していたとはいえ80年は山根が14完投をマークするなど、まだまだ先発投手にかかる勝敗の比重は大きかった。

 1人で責任を背負いこんでいた昔の先発投手のにおいを、今季、野村が漂わせ始めた。20日現在、9勝5敗。16勝3敗で最多勝に輝いた昨季からすると物足りないが、優勝への貢献度は昨季に勝るとも劣らない。

 昨今、すっかり定着した「カード頭(あたま)」という言い方がある。3連戦の1戦目のことで、多くの監督が3連戦を一単位ととらえ、それに勝ち越すことをまずは目指す。当然、カード頭の先発がかぎを握る。

 先発の登板間隔が中4日、5日だったその昔、週に3連戦を2度という基本的な日程のなかで、カード頭に固定するローテーションはありえなかった。こうした起用は中6日、週1回の登板が普通となった時代ならではのものといえる。

 野村は腰の違和感で1回先発を飛ばしたあとに3度、カード2戦目に回っただけ。今季の24先発中、21回がカード頭の登板だった。勝敗がつかなかった10試合も、チームは7勝2敗1分けと勝ち越しており、24戦中16試合で勝利に導いた。

 必然的に相手エースとの対戦が多くなり、勝ち星は増えない。それでも「チームが勝てばいい。自分に白星がつくかどうかは関係ない」と言って、黙々と投げ続けた。

 負けない投球の背後にあるのは、相手投手より先に点をやらないという意思。メジャー由来の概念で、先発は6回3失点までなら合格という「クオリティー・スタート(QS)」がある。

 投手としては味方が点を取れずに負けたときの救いになる指標だが、野村はそれでよしとはしない。相手投手に投げ負けたら0―1でも負けは負け、という覚悟が投球から伝わってきた。

 7月25日、巨人戦の登板も3連戦の初戦だった。好調の相手先発、マイコラスに対し一歩も引かない。0―0で迎えた八回、野村の代打に立った西川らの適時打で決着した。

 優勝を決めた9月18日の阪神戦も、6回1失点。連戦ではなく1試合のみ組まれた試合だったが、見事な“カード頭”の仕事っぷりだった。野村に勝ち負けはつかなかったが、そこになんともいえない味があった。

 ほぼ1年間、ローテーションを守り続けた頑健さは昨季限りで引退した黒田ら、往年のエースの系譜を継ぐ資質。この右腕に代表されるチームへの100パーセントの献身が、新たな黄金時代の礎になる。

引用:日本経済新聞

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