ドルトムントで「公開処刑」とも呼べる香川真司の扱いを目にし、見届ける胸に去来したイビチャ・オシムのメッセージ

現地時間9日、ドイツカップ。ボルシア・ドルトムントVSシュツットガルト戦。

勝利できたことはよかった。だけど、本音をつづらせてほしい。

まったく笑えなかった。なにひとつも楽しめなかった。素晴らしい試合なんて程遠い。それどころか、ラスト5分、こみ上げる涙を抑えることができなかった。

彼の苦闘を目にし、「胸が張り裂けるようだ」と、こらえきれず涙を流したあの日のユルゲン・クロップの気持ちが、あらためてよく理解できた。

彼が本当に心から笑えない限り、わたしも笑えない。

それが、ボルシア・ドルトムントファンであると同時に、香川真司ファンであることの、たったひとつの真実なのだろう。

INDEX

この国に生まれ育った人間の真実。彼は日本が世界に誇る「10番」唯一無二のエース、香川真司

彼が本当に心から笑えない限り、わたしも笑えない。ボルシア・ドルトムントファンであると同時に、香川真司ファンであることの、たったひとつの真実。

そう言いきれるのは、現地ドイツはもとより、世界中の香川真司ファンとは違う、この国に生まれ育ったからこそ。

薄ら寒い同情心を撒き散らかし、甘っちょろい溺愛するかの如く庇い立てなどするつもりもない。

戦場で前を見据えながら闘いつづける彼に対して失礼であることを、よく知っているから。どんなときでも、言い訳ひとつせず、不満をいっさい漏らさず、ただただ実直に闘いつづける彼に対する不遜であると。

決してそうではない。それでも、これだけは記したい。なぜここまでわたしが想い、憤り、願うのか。

香川真司は、わたしたち日本が世界に誇る、10番、唯一無二のエースだからだ。

ACミラン・ミハイロビッチの明確さを持たない、トーマス・トゥヘルのウヤムヤな会見

なぜこんなことになっているんだろう?

冷や汗にも似た想いを胸に宿しながら、こちら側の誰ひとりとして答えが見つけられない。現在までをよく知っているからこそ、なおさら。迷路に追い立てられ、奇妙な感情を募らされる。

前回記したとおり、ボルシア・ドルトムント指揮官トーマス・トゥヘルの方針には、いちいちなにか言うつもりはない。静観する。

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ただし、それらは、「自らにすべての責任があり、いっさいの言い訳をしないのであれば」を大前提として。この条件も、すでに記したとおり。

ところが、だ。

残念ながら、前回の更新をした翌日、全面的に言い訳で繰り広げられた会見に出くわすことになる。

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自分の感情が冷えていくのが、はっきりとわかった。

香川真司を外す」決断に至った理由に関して、ACミラン指揮官ミハイロビッチのような、誰に対しても明確に伝える公明正大さもないウヤムヤな言葉遊びに、この上もなく冷ややかな感情が沸き上がる自分と出会うことになる。

そしてそれは、わたしだけではない。日本を中心に、現地ドイツどころか世界中で爆発的に発生することになった。

トゥヘルと周囲との圧倒的な意見の乖離はなぜ起こるのか?「香川真司の価値」の重んじ方

一体なにがしたいのかわからない。まったく理解ができない。やり方がありえないほど酷すぎる

口々にこぼれてくるのは、なにひとつおかしなことではなく、至極当然とも呼べる見方。それほど、現在、目の前で繰り広げられている顛末は、誰もが納得の意には到底たどりつけないでいる。

これでたどりつくだなんて、馬鹿にするのもたいがいにしてほしい」と、各方面から隠しきれない怒りや憤りが沸きあがっていることが、確固たるひとつの事実。

まさか、鮮烈な実績を残し、数々の賞賛を受け、それに甘んじることなく研鑽に励み今シーズンを実直に闘い結果を残してきた香川真司が、レベルが違う選手たちと同列に語られるとは思ってもみなかった。

もちろん、ライトナーやパク、ラモスやカストロなど、いい選手なことは当然だ。ただし、それとこれとは話がまったく違う。どこの世界で、過去から現在までキャリアが段違いな人間を同列に並べ、平然と語れるというのだろう。

なぜ、トーマス・トゥヘルがいとも簡単に「なにがおかしい?」とばかりに展開する持論と、日本以上に現地ドイツをはじめ各国で「理解ができない」と、意見が乖離しているのか?

ここに、香川真司の圧倒的な才能・技術・実績、つまり「価値」をどう重んじているかの違いがある。

つまり、後半戦に入ってからの扱いをダメ押しする会見で、「トーマス・トゥヘルは香川真司を軽んじている」事実がはっきりと浮き彫りになった、ということ。

加えて、たった5分間の出場時間にも関わらず、抜群のキレのよさで的確なチャンスメイクに成功した香川真司の姿によって、トーマス・トゥヘルが理由にした「調子が悪いから」はウソでしかないと白日のもとに晒されることになった。

「公開処刑」とも呼べる後半戦の香川真司の扱いを目にして、なにを楽しめというのだろう

たとえ、マルコ・ロイスが得点を決めようが、イルカイ・ギュンドアンが素晴らしい動きを見せようが、ドルトムントが勝利しようが、見事にすべてが霞んでいく。なにも印象に残らない。なにも心を揺さぶらない。

こんな公平さを欠いた尋常じゃない干し方を目の当たりにするだなんて、誰もが思ってもみなかった。公開処刑」と表現しても、まったく差し支えない。

今シーズン前半戦最大の功労者ブンデスリーガMFトップ3に選出された選手の「働かされるだけ働かされ、都合よくお役御免にさせられ、ピッチから追いやられた」かのベンチに佇む姿を、ただただ見守るしかない。

一体これの、どこを、なにを楽しめというのだろう。

教えてほしい。尋常じゃない、どう考えても「納得」になどたどりつくわけもない理解不能な現状をイヤというほど観せられて、ボルシア・ドルトムントのなにに対して喜べというのか。

勝利に対してなぜ笑っていられるのかすら、理解ができなくなった。前半戦の香川真司の圧倒的な働きを、ねぎらうでも評価するでもないと思わされるほどの彼の現在の扱いを目にして、なぜ笑える?

「尋常じゃない干し方」と誰もが口にすることを疑問に感じる指揮官に対する不信感

尋常じゃない干し方」とはっきりと明記したのは、文字通りだからにほかならない。

今シーズンのボルシア・ドルトムントの闘いぶりを観てきた人間であれば、香川真司が前半戦、どんな働きと結果を残してきたか、よく理解できているはずだ。はっきり言おう。理解できなければ狂っている。

にも関わらず、いきなりベンチ外。現地記者からの攻勢、ファンを含めた大騒ぎに「仕方ない」とばかりに、この試合ではピッチに送り出されたものの、ラスト5分。勝負の行方が決してから、申し訳程度に。

これで満足なんでしょ?出せばいいんでしょ?」との声が聞こえるようだ。

香川真司のプライドを傷つける扱いに、「尋常じゃない干し方」と誰もが口にすることを、疑問に感じる指揮官だとは思ってもみなかった。というと、実はウソにもなる。

正直にいえば、「やっぱりマインツ時代の悪癖が顔を出してきた。まったく変わっていない」と。

日本人選手をバックアップできずに、サッカーファンを名乗る、ナショナルチームを擁する資格はない

話を冒頭に戻そう。

香川真司に対し、納得のいかない扱いをすると、母国日本よりドイツのメディアやファンが全面的に断固とした声を上げる」ことは、香川真司ならではの圧倒的な評価であり、愛されっぷり。

ときとして、自国選手より優先し、香川真司を守る姿勢を貫くことは世界的にも有名である。この事実に出会うたびに、深く深く感謝したくなるのは、やはりわたしが日本人だからだろう。

日本が誇り、日本が愛するエースを、ここまで愛してくれてありがとう」と。

日本のサッカーファンは、欧州に比べまだまだ成熟していないからか、無理に背伸びをしたサッカー通を気取る輩(観戦歴が深く長い、あるいは経験者であるなど言い分は理解できる部分もあるが)も散見し、決まって繰り返す言葉がある。

日本人選手だからといって、優先的に味方するのはおかしいし、みっともない」「厳しいリーグに身を置いているのだから、日本人選手はそうした扱いを受けることも仕方ない」など。

わたしにいわせれば、これこそが「未成熟」に過ぎない。愚の骨頂そのもの。

あなた方はどこの国の人間だろうか?日本人が日本人選手をバックアップできずに、サッカーファンを名乗る資格も、ナショナルチームを擁する資格もない。

自国選手の味方にもなれない人間に、アイデンティティを語る資格などどこにもない

サッカー通」を名乗る輩ほど一生たどりつけないナショナリズム」が存在する。それは、サッカー界という括りではなく、もっと根本的な「ひとりひとりが自国を代表する」「自国をよく知り、誇るスピリッツ。

「日本人は日本人選手の味方をしすぎだ」と、したり顔で語るそのツラを張り飛ばして言いたい。

自国選手の味方にもなれない人間に、アイデンティティを語る資格などどこにもない」「あなた方がしたり顔でほざく欧州列国ほど、自国選手を全面的にバックアップし、どんなときでも味方である姿勢を崩さない

だからこそ、わたしが幾度となく記してきている「ドイツが全面的に香川真司をバックアップする凄み」が理解できるのではないだろうか。

自国選手でもない異国の選手を、ときとして自国選手以上にバックアップし、誰よりも愛してくれる」という事実が、どれほど規格外の奇跡を起こしているか。

香川真司の真髄は、ここにある。ブンデスリーガにおける香川真司は、日本人が彼を勝手に自虐して評価を低く見積もるレベルにない。

日本人選手を日本人が全面的に守ってあげないで、誰が一番に守ってあげられるというのだろう

香川真司をはじめとする海外諸国で奮闘する日本人選手を、わたしたち日本人が全面的に守ってあげないで、誰が一番に守ってあげられるというのだろう。

努力を忘れ、不遜に振舞い、勘違いをこじらせる選手であれば、ここまでの想いが宿ることもない。彼らは、日本人が世界中で評価される、実直に研鑽をつづけ自身のエゴよりチームのために走りつづける選手だ。

そんな彼らから、「夢をもらった」「勇気になった」「元気が出た」と。

都合よくもらうばかりで、苦境にあえぐときは知らんぷりどころか「本人の能力や努力不足」などと、なにひとつわかってもいないくせにわかったツラを晒して手のひら返しでほざく輩など、サッカーファンを名乗らないほうがいい。

いや、むしろ、人間を名乗るな、と言いたい。

他者にばかりピント外れに無意味に厳しく、ひとりよがりで中途半端な甘ったれ物乞いメンタルの分際で、社会で真っ当に生きていける、心から愛されると思い込まないほうがいい。

強く律することができる奇跡的な国が、自国選手の味方をするくらいで愚行に陥るわけがない

日本人選手の絶対的な味方」と、はっきりとしたスタンスを取っても許されるほど、日本人のメンタルが崇高であることになぜ気づかないのだろう。

ワールドカップや主要大会のたびに、サッカーも観ずに渋谷でバカ騒ぎを繰り返す、サッカーファンの評判を落とすファンもどきは当然除外として、日本が世界中から評価されていることをもっと誇りに思ったほうがいい。

たとえば、日韓ワールドカップ。世界各国の選手・関係者・サポーターに、日本のホスピタリティがどれほど賞賛されたか。

たとえば、ブラジルワールドカップ。惨敗の結果にも関わらず、現地観戦した日本人サポーターがゴミひとつ残さず綺麗にしてスタジアムを去ったことがどれほど感動されたか。

そして、当然のことながら、日本人選手も同様に。

個人として欧州で通用する選手が登場したとはいえ、まだまだ国力としては弱い。されど、どんな状況でも組織的かつクリーンなプレイを貫き、そのブレない姿勢がどれほど喝采を浴びているか。

日本人こそ、こうした海外諸国の賞賛を知らない。なぜ低く見積もるのだろう?

ここまで強く律することができる奇跡的な国が、自国選手の味方をするくらいで、ありえない愚行に陥るとでも?自国の崇高なメンタルを、なぜもっと素直に信じてあげられないのだろう?

すべての人間が、とは到底言えないけれど、基本的にわたしたちが生まれた日本は、簡単に揺らぐ国ではない。それこそ、強さのはき違えも甚だしい海外諸国と一緒にしてもらっては困る。

トーマス・トゥヘルにお願いしたいことはたったひとつ。香川真司の基本的人権を守ってほしい

再びスタメンで大活躍することがベストで応援しているとして、もし仮に、を大前提とした話で、トーマス・トゥヘルにお願いしたいことは、たったひとつ。戦術や方針などにどうこう言うつもりはない。

もし仮に、まともな説明ひとつできない香川真司の扱いがつづくようであれば、周囲が「香川真司はトーマス・トゥヘルの構想外ではないか?」と訝しげに感じるのは当然のことだと肝に銘じていただきたい。

あれだけ大車輪の大活躍をした選手に対して、まったく理解できないし、やり方がありえないほど酷すぎる」との憤りや呆れなどの想いと共に。

その上で、本当に「香川真司が構想外」であるのならば、なるべく早い段階で正直に本人に告げていただきたい。できたら後日、公明正大に理由をはっきりと世間にオープンにしていただきたい。

サッカー界では「ライバルチームでの活躍を阻止する」「気に入らない選手をやりこめたい」といったくだらない理由で、使いもしないくせに手元に置き、嫌がらせのように干す行為が横行していることは周知の事実。

一般社会で断罪されるブラック行為が許されると思い込めることが、すでに世の中と乖離している。選手には基本的人権があり、当然のことながらそれは守られなくてはいけない。職業選択の自由もある。

どれだけ努力をつづけても、どれだけ結果を残しても、不当に干すのであれば、香川真司を解放し、その才能を、技術を、人間性を、伸び伸びと活かせる環境へシフトさせてあげてほしい。

香川真司は、簡単に手を抜く選手ではない。つまり、在籍している間は、どんな状況であってもそのチームのために全力を尽くす。

マンチェスター・ユナイテッドにおけるサー・ファーガソン指揮下の輝かしい1年目の後に訪れた2年目、あの忌まわしいシーズンですらも、不満ひとつ漏らさなかった。

誰にもそんなこと、とてもじゃないけれどマネできるものではない。だからこそ、香川真司を見くびらないでいただきたい。そして、香川真司のプライドを傷つけることだけはやめていただきたい。

日本のエース香川真司を裏切ることは、バックについている日本人すべてを裏切るということ

それすらもできない、叶えられない、あるいは誰もが愕然とする結末になった香川真司の痛ましい姿を見せられた場合日本サイドとしてはそれなりに想いがある。残念ながら、日本人はそこまでお人好しではない。

ボルシア・ドルトムント日本での圧倒的なマーケットを保持していることは、昨年のアジアツアーでよく理解できたはずだろう。そのマーケットを、あなた方はひとつ残らず失うことを覚悟していただきたい。

もちろん、北米を筆頭に世界中の香川真司ファンの巨大マーケットを失うことも同様である。なにひとつ不思議なことではない。

当然のことながら、チーム間におけるこれまでの信頼関係すら失われ、「監督都合により不当に選手を追い詰めるチーム」という認識にすり替わる。

つまり、マンチェスター・ユナイテッドと同様、どれだけ超優秀であっても日本人選手は二度と移籍することはない、人財は一生手に入らない、と肝に銘じていただきたい。

また、わたし個人としても、その時点でボルシア・ドルトムントへの想いはなくなる。トーマス・トゥヘルに関しては、「そんな監督いた?」と、言われたら思い出すかもしれない程度で記憶からすべて抹消される。

香川真司は、日本が誇る唯一無二のエースだ。エースを裏切るということは、そのバックについている日本人すべてを裏切るということ。

どんな戦術や方針であってもどうこう言うつもりはいっさいない。ただし、ひとりの人間に対して、真っ当な対応だけはお願いしたい。日本を全面的に敵にまわしたくないのであれば。

もっとも、「敵にまわしたとき、実はこれ以上恐ろしい国はない」という現実を、イヤというほど知りたいのであれば、あえて止めないでおこう。

そのときは、あなた方を二度と許さない。絶対に。

イビチャ・オシムが自身のポリシーを覆して贈った言葉「自分が香川真司であることを忘れるな」

香川真司本人が今、なにをどう考えているか、なにをどう想っているか、彼以外にはわからない。

もしかしたら、メディアもファンも含めて周囲がとんでもない大騒ぎになっていることすら、「なんとかしなくては」「チーム状況を良好にしなくては」と考えているかもしれない。

おっちょこちょいで迂闊な発言も少なくなかった若手時代を経て、思慮深すぎるというより考えすぎる側面すらある繊細さを併せ持った選手だけに、なおさら周囲は想いを寄せる。

でも、あえて言いたい。チームの良好さアピールや、自身を演出することで安心させる発信を行うなど、余計なことはいっさい考えなくていいし、しなくていい。

あなたは、ベンチやベンチ外になっただけで多方面に大騒ぎされる選手なのだから仕方ないのだ、と。この騒ぎは「当然のこと」だと、自分を誇ってあげるくらいでいてほしい。

そして、輝かしい足跡に、今までくだしてきた判断に、これからのビジョンや想いに、どうか自信を失わないでほしい。

自分以外の監督や、その指揮下にある選手への明言をしないことでよく知られるあのイビチャ・オシムが、自身のポリシーを覆してまで「香川真司だからこそはっきりと口にした言葉を思い出してくれたらと願う。

それは、香川真司を愛するすべての人間が、香川真司の価値をなにひとつも見誤らないからこそ心から理解している、紛れもない真実。

自分が香川真司であることを忘れるな