内田篤人復活|サッカー選手生命を賭けて長期離脱を乗り越えた、蒼き魂を宿す希望の名

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

「彼の名は、希望。」

あの日、そうつづったことを、間違いだなんて思ったことなどない。あれからずっと、ただの一度も。

そう、彼の名は、希望だ。

砂漠で求める命の水と等しく、彼の名は人々の渇望とともに確固たる意志を宿し、存在している。

今か今かと待ち望む、現実に舞い戻る瞬間を。恋い焦がれるように待ちわびる、幾多の想いの先にある存在。それこそが、希望だ。

そんな想いが今、あたたかな祝福と手を携えながら、水面に生まれた波紋のように広がった。

現地時間2016年12月8日、日本時間同9日早朝。内田篤人、復活。

639日ぶりとなるカムバック。サッカー選手生命を賭けて乗り越えた長期離脱

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

サッカー選手としての人生を賭けて乗り越えた。

そう記してもなにひとつ誇張はない。サッカー選手にとって異例となる長期離脱を乗り越え、実に639日ぶりとなるカムバックを果たした彼、内田篤人は、静かな表情をたたえていた。

ビッグゲームに勝利した試合後のインタビューほど冷静に語る彼のクセはよく知られているが、自身の闘いに打ち勝った晴れがましいこんな日でも、それはまったく変わらなかった。

頼もしさを感じながらも、いっさいの弱音を吐かず、周囲の期待を一身に背負いながら応えつづけてしまう、長所でもあり短所でもあるそのタフな精神がいつか壊れてしまうんじゃないか。

そんな心配をよそに走りつづけた彼だからこそ、あの大舞台で通用したという真実があり、と同時に、残念ながら大きな代償を負ってしまったともいえる。

あの夏の日、ブラジルの地でも彼は、ラストホイッスルの瞬間まで走りつづけていた。


泳ぎつづけなければ死んでしまう回遊魚と等しく、走りつづける無骨さ

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

「“無理をするところではない”という言葉が嫌いだ」

淡々とした横顔で語る彼は、サッカー選手である以上、常に走らなければ死ぬことと等しいと定めているかの覚悟で、周囲をヒヤヒヤさせるほど無理をきかせる姿勢までワンセットだ。

力を抜くことが無理をしないこととイコールではないはずなのに、彼は決してそれを許さない。まるで泳ぎつづけなければ死んでしまう回遊魚だ。

端正な顔立ちに似合わず、良く言えば芯が強く、悪く言えば頑固で強情な性格は、彼の成功を後押ししてきたといえる。頑固で強情でなければ、彼のサッカー人生はとっくに潰えていただろう。


端正な顔立ちに似つかわしくないほど泥臭い、内田篤人の真骨頂

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

今では華々しく活躍する彼、内田篤人は、決してエリートコースとはいえないサッカー人生を歩んできた。

未来の日本代表の見本市とも呼べる全国高校サッカー選手権においても、上位進出が叶わず涙に暮れた経験をもち、自身の口から当時の苦い想いが糧となったと語られたことがある。

プロデビュー、とりわけドイツの名門、シャルケ在籍以降の姿を見慣れてしまうと、いつしか見失いがちになるが、きっと周囲が考えるよりずっと、彼は強烈な危機感と背中合わせで生きているのだろう。

「もうダメだ」

くじけかけた瞬間、それは自身を奮い立たせる原動力になる。彼の生き様と在り方は、その端正な顔立ちにおよそ似つかわしくないほど泥臭い。もちろんこれは大いなる褒め言葉だ、と念のため付け加えておきたい。


ワールドカップブラジル大会を“いつもの内田篤人”で闘えた理由

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

瞬間的にそんなヒストリーまで脳裏をたどらせたのは、先述のブラジルの地でのこと。2014年の夏、彼、内田篤人がメンバー入りした日本代表は、ワールドカップブラジル大会を闘っていた。

大会前から慢性的な疾患を抱えていた右膝の状態が日を追うごとに悪化したことは、誰の目にも明らかだったのではないだろうか。少なくとも、内田篤人を見つづけてきた人間であれば、ヒヤリとした焦りで息苦しかったはずだ。

当然のことながら、彼自身がもっともそのことをよく理解していた。にも関わらず、自らを懸命に鼓舞し、悲壮感をも蹴り飛ばし走りつづけたその姿を、昨日のことのようによく覚えている。

「なぜここまでできるだろう?」

こらえきれずあふれた涙をぬぐいながら、サッカー選手としてエリートではなかった彼の反骨精神に、あらためて気づかされた。


「流川楓のように、普通の顔してすごいことをやりたい」に垣間見える姿勢

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

彼の人となりや、サッカー選手としての心の内が垣間見えるひとつが、漫画家、井上雄彦氏の長編大傑作「スラムダンク」の大ファンという事実だ。

中でも、「流川楓のように、普通の顔してすごいことをやりたい」とひょうひょうと答えたことは、今でもファンのみならず語り草となっている。

熱っぽく言葉を紡ぎながらも、そんな己に気づくと照れくさそうにはぐらかす。情熱の塊のような作品を人生の大のお気に入りにあげながら、努めて冷静に振る舞う彼は、だからこそ愛されるのかもしれない。

「みんな本当の中身を知らないから」と笑う姿すら、きっと多くの興味を惹きつけている。そうでなければ、ドイツの名門クラブが外国人選手の異例の長期離脱を待ちつづける理由が、どこにも見つからない。

内田篤人への多くの想いは、枯渇した砂漠で求める命の水への渇望

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした内田篤人

今の彼に対し、どんな言葉をかけることが、もっとも最適だろう。

おめでとう。ありがとう。お疲れさま。よくがんばった。またがんばって。もう無理しないでね。

いや、どれも違う。直感的にそう感じたのは、彼が「必ず帰ってこなくてはいけない存在」だからだ。

水面に生まれた幾多の波紋の想いは、枯渇した砂漠で求める命の水への渇望なのだから。

そのひとの名は、内田篤人。確かに帰ってきた、彼の名は、希望。

2016年12月8日ヨーロッパリーグ・シャルケVSザルツブルク戦にて639日ぶりにシャルケでの実戦復帰を果たした試合後に移動する機内の内田篤人

歴史を紐解きながら記憶をたどるとき、必ず鮮やかに蘇る。「あの時、確かに彼は、闘っていた」。すべての人間の胸の内に、密やかに。

我が事のように誇らしげな想いで浮かびあがる彼の姿に、またひとつ新たな記憶が加わった。

そう、「あの時、確かに彼は、帰ってきた」と。

そのひとの名は、内田篤人。

彼の名は、希望。

ずっとずっと、待っていたよ。おかえりなさい。